ぼたもちは、氷帝メンツの中で一番心のベクトルが自分の内側に向かっていそうな人物は、忍足だと思っています。なまじっか頭が良すぎて、ある意味客観的にしか自分の心を見ることの出来ない男の子。自分の心の酸いも甘いも汚さも野蛮さも全部見えてしまう子だから、そういう心のままに子供らしく感情に率直に主観的に動くということを、醜悪だと思い込んでしまってるような。だからそんな自分に気付かれたくなくて、干渉されたくなくて、笑顔と人当たりと気配りで出来た3段鉄壁の外面を固持している。大概器用なので、大抵の人ならそれで「忍足君って誰にでも優しい、大人な人だな」とさらりと流せてしまえるような、そんな鉄壁っぷりです。でも忍足自身は、またそういう風にしか他者やテニスに向き合えない自分のことを死ぬほど嫌っていそう。器用貧乏の悪循環。氷帝転入当初の彼は、そんな悪循環のループに見事にはまり込んでる子だったんじゃないかな、と思います。妄想ですけど!自分を諦めちゃってる子というのは、聞き分け良くて大人を困らせることはありませんが、自分の核というものを育てることが出来ません。言い訳も上手い。両親はそんな忍足になんとなく気付いているけど、なにぶん形のないものが相手なのでうまく侑士を解放してあげられない。

そんな忍足に、誰より先に、誰より深く気付いて実行に出たのが跡部なんじゃないかな。嘘も甘えも曖昧さも通用しない境遇に育ったゆえか、跡部はとにかく実直で崇高な精神の持ち主であると思うんです。そこに子供ゆえの独善性が加われば、跡部は小さな頃、良くも悪くも他者に己と同じような強硬な精神を強要するタイプだったのではないでしょうか。ある意味で、跡部は高みを目指すことしか知らずに生きてきた少年だったわけですから、彼にとって弱さは自分の足場を脅かす唯一の天敵です。それを誰より知っているから、小さな頃の跡部は、自分だけでなく世界中の弱いものを憎悪さえするような、そんな研ぎ澄まされた理不尽な子供だったらいい。

だから跡部は当初、心底忍足のことが許せなかったと思うんです。何の意思も目的もなく、己の弱さから目を逸らしては言い訳のように形を変えてしまう忍足のことを、軽蔑さえしてたかもしれません。けれどそこで無関心になったり、テニスから追い立てようとしない所が跡部のカリスマのゆえん。跡部は徹底的に忍足を許さず、とにかく忍足を奮い立たせようとします。絶対に見捨てない。対する忍足も、跡部の事が大嫌い。誰とでも波風立てずにやってきた自分なのに、跡部にだけはどうしても上手くゆかず、逃避も諦めも通用しない。その上跡部がピンポイントで嫌い抜いてくる自分の弱さは、忍足が忍足自身で嫌い抜いて今まで見ない振りをしてきた脆さそのものなわけで、つまり跡部と向き合う事は忍足にとって自分自身と向き合う事に他ならないわけです。苦痛以外の何者でもない。また周囲の空気や感情を敏感に読み取った上で自分の処遇を決めるところのある忍足は、跡部の独善性や傲岸不遜さが許せないし、目に余る。そんなわけで、出会った当初の二人はとにかくぶつかり続けたんじゃないかなと思うんです。殴り合いしてもいいと思うよ。男の子だもんね。


そんなふたりのいがみ合いが次第になりをひそめていくのは、共にテニスを続けていく、学生生活を過ごしていく過程で、お互いがお互いに見えずにいたものを見つけ始めてからだと思います。ハートフルストーリーの定番になっちゃいますけど。
まず跡部は忍足に、弱さを教わるんだと思います。跡部は強い人ですが、培ってきた才能と育ってきた境遇ゆえの誇り高さが、一切の弱さを彼に許そうとしません。強いゆえに、しなる事や俯く事を絶対に己に許せないし、許し方も跡部は知らないんです。そういう、王者ならではの孤独というものが、跡部には常に付き纏っている印象がある。対する忍足は、自分を嫌い抜いてるだけに、他者に対して誰より優しく、受容的な人物だと思うんです。自分では気付いてないけど、他者の弱さを何処までも受け入れてあげる度量を、無意識の内に培っていそう。また、他者の触れられたくない領域というものを敏感に感じ取る事の出来る人物でもあるので、泣き方や折れ方の知らない跡部のへたくそな弱音を、ぎりぎり領域の外側で引き出して上げられるのは忍足だけかもしれない。弱さを憎悪していた跡部が、初めて己の弱さを受け入れ、外側へ垣間見せたのは、ひょっとしたら忍足の前だったかもしれません。どんな時でもいいです、レギュラー争奪戦の過程で揉め事が起こった時かもしれないし、跡部の家の中で何か不幸があったとかかも、飼ってた馬が死んじゃった時とかかもしれない。ただそれまで強さだけを貪欲に追い続けていた跡部が、忍足の助力で弱さを己に許してあげられた時から、忍足は跡部の中で軽蔑するだけの男ではなくなり、自分自身もまた成長していく契機になるわけです。妄想ですけど!

逆に忍足は、跡部から強さを教わるのだと思います。跡部は理不尽で、傲岸不遜で独善的な男ですが、彼がカリスマかつ王者でい続けられるのは、その傍若無人な物言いと振る舞いの後ろに、たゆまぬ努力と揺るがぬ強さがあるからです。跡部は絶対に己に油断や甘えを許さないし、嘘や誤魔化しや虚偽を口にしません。彼が見つめているのはいつだって等身大の正義でしかなく、そこに至るための尽力は決して怠らない。またそれを無為にひけらかす事もありません。不言実行で、黙々といばら道を進み続ける少年。ただ強圧的に振舞うのが跡部なんだと信じ込んでいた忍足が、誰よりも厳しい努力の汗に染まった跡部の背中を初めて見つける時、その姿は、弱さや脆さ、己の汚さに蓋をして言い訳するように諦めることを覚えてしまった彼に、ひどく眩しく映ることでしょう。跡部の眩しさは忍足の目を焼く光なんだけれども、同時にどうしようもなく見つめずにはいられないような、そんな魔法のような光になるわけです。
次の日、学校中から羨ましがられるロールスロイスでの車送迎の3時間前から起きて、毎日ひとり黙々と土手をランニングする跡部の行く先を、何食わぬ顔で待ち伏せする忍足。ぎょっとしながらも、顔には出さずに汗をしたたらせながら足を止めた跡部に、おはようさん、と彼は軽やかに笑い、東京のメシは量は少ないけど高カロリーであかんわ、メタボリック予防に、今日から一緒に走っていい?と皮肉っぽく笑って見せる忍足。勝手にしろよ、と返事をした跡部の顔には、しかし今までには見る事もできなかったような、すがすがしい笑顔が浮かんでいるのです。妄想ですけど!!

それからの跡部と忍足は、同じ志を持った良き同士に。でも犬猿の仲だった頃の記憶と、男の子ならではの意地が邪魔して、なかなか素直にはお互い優しくし合いません。でも淡白な会話の中には、確かな互いへの敬意と友愛がこもっている。優しくせずに優しい、それが跡部と忍足の「なかよしのかたち」。









あとがき


ただのブログだったころの日記。忍足が…好きだったんだよ…