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戦えば、必ず死ぬ―――。2番目のパイロット・ルーレットに当選したのは、立海大テニス部元副部長、真田弦一郎だった。常に王者である事を義務付けられたテニス部の中、部長である幸村が倒れて篭の鳥となった冬も、頭首の不在に不安と焦燥を感じ瓦解が生じかけた春も、すべてを乗り越えて全力で駆け抜け夢やぶれた夏も、その圧倒的な正しさと牽引力で、部員たち全員の――病床の幸村にさえ――何よりもの精神的な支えとなっていた真田。その彼が7人の中で最も早く死を運命付けられてしまった事実に、レギュラー達は少なからず動揺するが、しかし肝心の真田はただ眉間に皺を寄せただけで、翌日もまるで普段と変わらない様子で学校に現れる。次の敵性怪獣がいつ現れるかは誰にも、チェシャ猫ですらわからないという状況にも、毅然と背筋を伸ばして立ち、歩き、いつもどおりに振舞う真田。その背中を誇る者、哀れむ者、恐れる者、疑う者――各々複雑な心境を抱えるレギュラー達だが、しかし誰もが真田を見守ることしか出来ないことに、やりきれない気持ちを禁じえないでいた。 そんな折、赤也が真田にテニスのワンセットマッチを挑む。入部以来100戦を超える練習試合を経ても、赤也は1度たりとも真田に勝てた試しがなく、それゆえ常に真田こそが、最強を目指す赤也の目前に立つ、1番の道標だったのだ。「勝ち逃げは許さない」―――搾り出すような声で真田に挑もうとする赤也。しかしそんな彼に、まるで末期を惜しむかのようなことを、と激昂し、掴み掛かったのは丸井だった。ジャッカルの死以来口数も減り、かつての闊達さが嘘のように、虚無的な表情を見せるようになっていた丸井。仲間を慕うあまりに間逆の形で一触即発になる二人だが、しかし当の真田はそんなふたりを、「部員間の仲間割れは許さない」と、いつものように一発ずつげんこつで殴りつけることで収集させる。そのあまりにも常通りの彼の態度に、「チクショウ」と、喜びとも悲しみとも怒りともつかない唾棄の言葉をこぼす赤也、振り向きもせず、爪を噛みながら部室を出て行く丸井。しかし再度赤也と向き合った真田は、「自分は“その時が来る”まで、もうラケットを握るつもりはない」と静かに告げ、赤也の申し出を断ってしまう。何よりもテニスを愛し、テニスだけを追い求めていたはずの真田のその宣言に、強く衝撃を受ける部員たち。彼らはゲームの真実を告げられたその瞬間よりも、真田のその言葉こそによほど如実に、絶望という言葉の意味を思い知らされる。 言葉もなく解散となったその日の夜、土手周りを黙々と走り込む真田の前に、幸村が現れる。彼もまた真田と同様に、パイロットの真相を知った後、少なくとも表面上は嘆きも怒りもしなかった一人だった。「実感が沸くかい?」単刀直入に尋ねてくる幸村に、首を横に振る真田。俺も、と笑う幸村の顔を見ることができずうつむく真田に、幸村は不意にラケットを掲げ、自分と勝負するように言う。歩き出していたふたりは、いつの間にか学校のテニスコートの脇までやって来ていた。 立海大入学以来、それこそ何百、何千と対戦してきたふたり。この日もまたそのときと同じ様にサシで戦おう、という幸村の誘いに、しかし真田ははじめて「できない」と首を振る。なぜ?と首を傾げる幸村。自分の差し出したラケットを、真田が受け取ることを疑う様子も見せない幸村の、穏やかな微笑みをまともに見返すことができず、真田は苦しげに俯く。「わかってるだろう、幸村。俺はもう、テニスは出来ない」抑揚なく答える真田に、しかし、「お前のは、テニスが出来ない、じゃない。しない、の間違いだろ」と言い切る幸村。心の底から、テニスをしたくてもすることが出来なかった時間を持っていた幸村だからこそ、それは説得力のある言葉だった。何も言い返すことが出来ず、黙り込む真田。それはパイロットルーレット以来、真田が見せた初めての死への葛藤をしめす沈黙だった。コートに立てば、死を前に自分が自分でなくなってしまうような見知らぬ感情に呑まれて動けなくなってしまいそうになることを、真田は恐れていた。そして他の誰でもない、幸村にそれを見られることを彼は最も恥じているのだ。真田にとって、幸村は常に世界の道標であり、彼の声が言葉が仕草が表情が、テニスプレイのすべてが天啓であった。真田にとって、幸村は立海に入ったときから、彼の英雄なのである。 沈黙のおちたふたりの間に、幸村は不意にたんたんと、彼が入院していた半年の間、一度だけ病院を抜け出て立海大のテニスコートを訪れたときの出来事を語る。それは仲間達も、彼の家族でさえ知らない、病床の幸村のたった一度の反逆だった。医師にもう二度とテニスは出来ないと宣告されてからわずかのころ、湧き上がった衝動に駆られてタクシーを捕まえて訪れたテニスコートは、もう誰もいないはずの夜中なのに煌々とあかりがついていて、そのあかりの下にはたったひとり、真田がおびただしいほど散らばったボールの海の中に立っていた。たったひとりで立海を背負い、戦う彼は汗みずくで、ふらついていて、とても疲れ果てていたのだけれど、ぎらぎらと目をかがやかせてコートのクレイをにらみつけるその姿は、あきらめという言葉を知らず、とても容赦なく正しく美しく、挫折に打ちひしがれていたそのときの幸村の胸に、もっとも響いた光景だった。病という名の理不尽な暴力に倒れた幸村にとって真田は、真田にとっての幸村と同じ様に、生きる天啓であり道標であり、英雄だったのである。彼はその日以来、リハビリを厭い、無駄と思うことをしなくなった。テニスコートに再び立つ未来の自分を、諦めることをしなくなった。そして諦めなかった結果、幸村はいまここにいる。例え近く、いまふたたび理不尽な死が定められていたとしても。 自分が英雄とあがめていた存在からの独白に愕然とする真田に、「お前さあ、知らなかっただろ」と、くしゃりと笑顔をゆがめる幸村。「お前ってさあ、俺の中でわりと、すごいかっこよくて、憧れの神さまみたいなやつなんだよね」、と。 その言葉と同時に、幸村の細い肢体を掻き抱き、強く、強く抱きしめる真田。自分にすがるために抱きしめているのか、それとも自分を支えるために抱きしめているのか、かたくこわばった真田の背に手をまわしたいと思い、指を伸ばしながらも、けれど踏み止まる幸村。だって、真田に触れるためには、その手に握ったラケットをすべり落とさなければいけないから。そんなのは違う、求めていたものでも、望んでいたものでも、正しいことでもない。彼らを繋いだものはこのラケットであり、ボールであり、彼らが今立つ立海のテニスコートであり、それ以上でも以下でもないのだ。彼をほんとうにおもうなら、このラケットを手離してはいけない――真田の腕の中、ゆっくりと目を閉じる幸村。言葉は何もいらない。言う必要もない。聞きたい気持ちはあるけれど、言わなくていいのだ。 確信し、目を開けたふたりの前に、真っ黒なコックピットが広がる。――とうとう、次の敵性怪獣が現れたのだ。操縦席に配されたのは、古び、木目の粗い、白い木製ベンチ。真田のための椅子であった。 ぼくらの世界の夜明けまで、あと、7人。 (to be continued…) |