声が聞きたい、と言ったら、死ね、と言わんばかりの顔で睨まれた。ロープロープ。けどまあ、そうは言っても、正直ちっともこわくない。日ごろの彼らしくもなく、すらりとのびた怜悧なまなざしは涙をたたえてうるんでいたし、頬にもばらのような赤みがさしていて、いまいち迫力に欠けているからだ。ただ、そんな様相でありながらも彼は――白石はとても美しく、憎たらしいほどきれいだった。険呑に細められた目じりのあたりを指で撫でてやると、嫌そうにかぶりを振る。汗でしっとりと湿った前髪が、ぱらりと散って銀にかがやいた。
「触んなや、うざい」
「えー…そらひどいわ、ここまでやっといて」
「知らん。もうとっとと動いてとっととイッてまえ。そんで抜け」
「ちょ、情緒なさすぎ!今抜かれたらお前やって困るくせに…」
「…ええ加減にせなちょん切るで」
「……ハイハイ」
普段の3割増し、白石の口が悪いのは、単純にいたたまれないからだろう。一度そうと決めたら迷わず、男らしく腹をくくることの多い白石だが、ことセックスに関しては、毎回この段階になると、妙に焦り、気ぜわしい思いになるらしく、かわりに子どもじみた憎まれ口が増えるのだった。あとはどろどろになって、意識も理性も持っていかれる、その状況にいまだ慣れないらしい白石の、それは小さな抵抗のようなものだった。おそろしいわけではないのだろう、けれど挿入にいたるとき、いまだかれの指が震えていることを俺は知っている。
「もう、動いてもいけそう?」
「…いちいち確認せんでええって言うとるやろ」
「せやけど、まだギュウギュウ締め付けてき、ってアダッ!」
「いらんこと言うな」
白石の指に思い切り髪を引っ張られて、あやうく舌を噛みそうになった。白石はといえば、たったそれだけのモーションなのに、身をこわばらせて、ぐ、と声をかみ殺す。ほとんどうめき声に近い。ああ、だから、その声が聞きたいのに。今飲み込んだ言葉、彼が言おうとして言わなかったもの、悲鳴でもいい、それらの中にはきっと俺が見逃してきた兆候とか、サインとか、そういうものがたくさんあるはずで、ただでさえ鈍感で、白石のように敏い人間でない自分には、彼の視線のひとつひとつ、声のひとつひとつ、それらすべてが重大なヒントだ。俺にとって、白石を好きだ、と思うことは、白石を知りたい、ということに直結している。セックスはその最たる手段だ。つながりたい、ひとつになりたい、そうした根源的な欲求はもちろんのことだけれど、俺にとって白石とのセックスは、彼のなかのかたい殻をひとつひとつ、丁寧にむいておとすような行為でもあった。白石はよくもわるくも、自身の領域に手加減や妥協をしない人間で、それは俺のような付き合いの長い、ふかい人間が相手であっても、決して論外ではなかった。挿入の際に彼が寄る辺をなくしたように焦るのは、そういう原理だろうと俺は思っている。白石にとって、「完璧」であることは目的のひとつなのだ。
むかしからそうだった。たとえば白石が顔色わるく、なにかに思い悩むように隣に腰かけていたとしよう。そんなかれに、大丈夫か、とたずねるのは絶対によくない。大丈夫かと訊けば、かれは心から笑って大丈夫、と答えるにきまっているし、何より白石は、人から「大丈夫か」という質問を発露させた自分自身を「落ち度」としてとらえ、なおのこと己の「完璧」を徹底させようとするに決まっているからだ。そうなれば、彼の心身を慮ったはずの、こちらの意図は元も子もない。翌日から彼はなおいっそうむだなく、そらおそろしいほどに溌剌として、下手すればたおれる瞬間まで笑っていかねないのだ。俺は白石のそうしたところを、とても厄介だと思っていたし、歯に衣きせぬ言い方をすれば、やや面倒な一面だとも思っていた。「パーフェクト」を目指し、些細なほころびのひとつひとつを決して無視せず、丹念に拾い集めては高みをめざす白石は、四天宝寺というチームをまとめる指導者としてはなんら落ち度がないが、かれの近くでかれを支えたいと考える人種にとっては、それはとても釈然としない情感をもたらすことでもあった。心配することも、手伝いたいとねがうことも、彼は必要としていない。必要とされていなくても、それでもかれの心身を慮るこちらの心情はといえば、それはもう、ありていにいえば置いていきぼりにされるだけなのだ。
そうした行いに対して、白石を糾弾したことも、かつて確かにある。もっと俺を頼ってくれ、心配くらいさせてくれ、と叫ぶ、ともすればそれは俺から白石への批判であり、叱責でもあった。けれどそれに対し、かえってくる言葉は端的だ。いわく、「ごめん」。そのひとことを発するときの、白石の表情はさまざまだ、険しい顔をしているときもあれば、無表情のときもあり、しかたなさそうに笑っていたり、無防備にきょとんとしているときもある。けれど言葉はほんとうに、いついかなるときでも一緒だった。「ごめん」。そしてその「ごめん」はいつでも、俺の糾弾に対する謝罪ではなく、どこにも行き場がなくなった俺の心情を知った上で、今後もそれを慮ることはできない、という宣言と、それにともなう事後承諾への謝罪なのだった。「心配したままでいてくれ」と、彼の謝罪は声なく静かに懇願していた。
最初こそ、譲ろうとしない白石の頑固さに腹を立てたこともあった。けれど、1年がたち、2年がたつうちに、全体のために個を押し隠し、ほかにわがままを言うことのめったにない白石が、俺にだけは押し通す我なのだとわかれば、怒りは次第にせつなさに変わり、せつなさはいつくしみといとしさに変わった。親友であると同時に、彼に恋をしていた自分だから、めばえた感情だったようにもおもう。白石はきっと、己を曲げない。ラケットを握ったかれが、心配されることも、手伝われることも、抱きしめられることも望まないなら、ひとりでゆけるというのなら、親友の俺はそうしよう。その日を待とう。かわりにお前に恋をする俺は、ラケットを置いたお前の声、しぐさ、表情、言葉のひとつひとつを引き出し、丁寧に拾い集めて、辛抱強く耳を澄ませてみせる。前だけを見たがるお前のために、親友であり恋人である俺にできること。聞かせて、見せて、次にお前が地に立った時のために。セックスは、かれの一番遠く、同時にかれの一番近くにゆくためのものだ。
「謙也」
動きを止めたままの俺の腕を、ふいに白石のかたほうの腕が掴んだ。ふだんのパワーがばかばかしいくらいにたよりない力で、彼の腕はそのまま、俺の手を彼の腰骨にみちびく。無駄なもののそぎおとされた、美しく洗練された白石のからだ。しみのない、真っ白な肌にふれておどろく。燃えるようにあつい。まばたいた俺に、白石は、待たなくていい、と言った。待たなくていいから、こんなときくらい、はやく動いて。ひといきで続けた白石の声は、かすれて、凄絶な色気を思わせた。そのまま、かれは俺の肩をつかみ、目を閉じる。掴んだ腰はいまだ緊張でこわばっているけれど、肩に触れた指はいまだおそれではない何かでふるえていたけれど、こんなときくらい、とつぶやいたかれが、必死にその先をゆるそうとしていることが俺には泣きたくなるくらいにわかって、そしてそれはかれの譲歩であり、俺への親愛であり、謝罪で、唯一のわがままだった。これをいとしさと呼ばずになんと呼ぶ。なんと呼べばいいんだ。
「……声出して、白石」
する、と、指で、半分隠された白石のくちびるを撫でる。今だけでいい、おまえもそのほうが楽だろうし、俺だってうれしいよ。見えないままの目元にむかってつぶやけば、白石の肩がわずかに弛緩した。それを承諾の合図として、ずる、と、彼の中で止まったままでいた性器を引き抜き、押し込む。とたんに、白石の背中が反りかえった。たったこれだけの単調な行為が、どうしてこんなに、脳の回路を飽和させて融解させるような気持ちよさを呼ぶんだろう。燃えるようにあつい白石の腰から先とつながって、ぐずぐずととけたようなここちになる。
「う、うぅ…ん、あ、」
「……白石」
「ハッ…、ううっ…っん、あ、う」
「な、白石、」
片方の腕を、白石の目元を覆う指につなぐ。ずるずると下ろされたてのひらのすきまから、俺と同じように融解しつつある白石のまなざしがのぞく。涙の膜をたたえた目は、揺さぶられながら右に、左に何かを探し、ゆっくりと俺の目を探し当てると、たよりなさそうに、けれどたしかに幸福そうに、ほほえんだ。認識すると同時に、ぐ、と俺の中でなにかが膨れ上がる。喜びと興奮。少し遅れて白石が呻いた。白い喉をさらして喘ぐのに合わせて、彼の内壁が蠕動する。包みこまれて、思うさま絞られて、縋りつかれて、俺の限界はあっという間に押し寄せてくる。白石も同じなんだろう、先端からとろとろと粘液をこぼす彼の性器が、俺の律動に合わせてふるえて、ひときわ濁ったカウパーをじわりとあふれさせた。
「うぅ、う…っ、あ、あ!あ、」
「白石、俺もう無理や、もーあかん…!」
「う、うー…んう、ううっ…」
「白石」
俺の名を呼ぶ声に、白石の指にぎりぎりと力がこめられた。俺も同様に握り返す。同時に空いた手で白石の張りつめた性器を握ってこすれば、彼は日ごろの沈着なさまが嘘のように、ひっくり返ったような高い声をあげて喘いだ。もはや泣き声に近い。彼の手に握られた指は痛いほどだったが、振りほどくことはせず、かわりにひときわ強く腰を突き上げた。声にならない、といったふうに口だけを開き、かたく瞼を閉ざした白石の性器から、ぬる、と白濁が噴き出す。同時に、俺も白石の内部に、正確にはゴムの中に、精液を奔出させた。どろ、という触感の直後、駆け上がってくる猛烈な快感に歯を食いしばって耐えると、その温度がわかるのか、白石も喉をさらして呻く。とろとろと精液をこぼす性器の先に触れて、上下にゆるくしごくと、ひ、と白石の咽喉が鳴った。
「や、やめ、お前、」
「はは、やってお前、かわいすぎやねんもん…ああ、もう、」
めっちゃ好きや。
ぐったりとシーツの上に投げ出された、白石の指をとり、再びきつく握る。白石の返事はなかったけれど、力なくされるがままだったその指は、しかし呼吸が落ちついていくにつれ、ゆっくりと意思を取り戻し、やがて静かに俺の指を握り返した。女の子じゃないのだ、身を寄せ合って睦言をささやきあい、余韻にひたるようなことはしない。絶頂感が去れば、あとはもう、収束していくだけだ。けれど、わかっていることはあった。コートの中では決して見せない、たよりない笑顔、小さな幸福、つながった充足。たとえばこれがこの小さなシーツの上だけの、短すぎる猶予期間であったとしてもかまわない。次に地に足立ったとき、俺の目に映るお前の背中が、どうか迷いなくまっすぐでありますように。
あとがき
あまりうまく書けなかった。リベンジしたい。謙也くんに最大限甘えてて、わがままも言って、その自覚もあって、でもごめんって口に出して謝ったら、自分のしてることが間違ってるって言ってることになっちゃうから、口に出すかわりに体中で叫ぶ白石くんのお話。「いざよう」は「猶予う」と書き、ためらう、たゆたう、現状を延期・維持すること、の意味の古い言葉だそうです。このままだと謙蔵が対等でないので、いつか白石視点謙也サイドの話も書きたいです。こだわりは、声出せって言われてんのになんか往生際わるい感じで喘ぐ白石。えろ初心者がなま言ってすいません。お読みくださりありがとうございました!