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視界一面を覆うピンク色、なんて、小春先輩でもあるまいし、俺にはほんま、似合いもせえへん。あとからあとから降り注いでくる花びらの数を数えるのにもすぐ飽きて、かといってつかまえに立つのもアホらしく、俺はただバカみたいに座りこんだまま、じっと時が過ぎるのを待っている。「落ちてくる花びらをつかまえたら、幸せになれるねんで!!」とバカげたことを喚いていたのは、多分あの人だったなあ。声、雑踏、風、温度、光、感触、通り過ぎていく景色の中に、待ち望んでるあの頭の悪い金色はない。わかってる、わかってるけど、わかってるけどここにいたい。あとちょっと、もうちょっと、だってあの人はまたなと言ったから。 1年と半分前から、待ち合わせ場所は決まっていた。校門のその先、でかくガタイのいい桃の木が林立する脇にある、ちょっと鄙びたクリーニング屋のベンチ。ところどころ塗装のはげた、ボロッちくて小さな赤いベンチに、居心地悪そうに足をたたんで腰掛けているあの人を見るのが、俺は好きだった。何事にもセッカチなあの人と、俺の体内時間はちっとも合わないので、待てないあの人はたいてい、誰より1番に部室を飛び出す。なのに結局は俺を待たなきゃいけなくて、仕方なくそのちっぽけな空間でやきもき待ちぼうけをくらってくれる、お人よしでちょっとバカなところも好きだった。あの人のことが、好きだった。 気持ち急いで近寄っても、さんざん待たせて近寄っても、あの人は毎日ちっとも変わらない顔で笑う。おう来たな、と言ってチャリを引っ張り出し、ほな行こか、とペダルを踏み出す。機嫌がいいときは、角のヤマザキでアイスを買ったり肉まんを買ったりしながら、8割方くだらなく、どうでもいいことばかりを、彼はまっすぐ前を向いて笑って話す。俺があの人より先にラケバをカゴに突っ込んでも、怒らない。財前はしゃあないなあと言って、軽く拳で小突いたあとに、首を竦めてやっぱり笑うだけだ。1度だけ、待っててくれてありがとう先輩、くらい言えんのかい、と言われたことがあったけど、わー、先輩カッコイイ、好きです、と棒読みで投げキッスしたら殴られて、多分結局なにひとつ伝わりはしなかった。もとから伝える気もないけれど。 だってそうだろう、あの人は正しい人だ。単純で、バカだけど、お人よしで鈍感で、視野が狭くて気の利かない人だけど、でも、正しい人だ。正しい恋をして欲しかった。あの人は単純だから、バカだから、お人よしで鈍感で、視野が狭くて気の利かない人だから、俺が行かないでって言うてもうたら、ほんまに行かんでくれよるクソ野郎だ。そんなアホめいた事、俺は一切望んじゃいない。ただかなうなら、かなえかたなんぞ知らんけどもしかなうなら、もう少しあの人の隣にいたかった。金色の、陽光を弾く髪が好きだ。きつく持ち上がった眦の、くるくると色を変える虹彩が好きだ。名前を呼ぶとくしゃりと無防備に笑う横顔の、髪を撫でるときの骨張った掌の、打球の道筋を叫ぶときの低い声の、あの人を切り取るひとつひとつの瞬間全部が好きだ。笑えばいいよ、罵られても、嘲られたっても構わない。ただあの人が、本当に俺をいらなくなるその日まで、俺が無事にまっとうな大人になって、子供だった自分を笑い飛ばすことのできるようになるその日まで、あんたの隣にいたいんだ。俺にしちゃ、妥協したほうやろう。ねえ、だからもうちょっと、俺をあんたのそばに置かせてよ。 「お前、なんだかんだ言うても、1年半ずっと、結局いつもここに来たなあ」 「………なんすか、いまさら」 顔なんか見られないから、俯いたまま落とすように答えると、笑えばいいのか怒ればいいのか迷ったんだろう、変にリマルな間を置いたあと、「アホ、今更やから言うんやないか」と、彼はどこか神妙な声で言った。あーあ、冗談にしようとして失敗してるわ、アホらしい。ほんまどこまでも直球でしか当たれないやっちゃ、青春漫画を地でいってる。 下を向いたまま、内心で悪態をつき続ける俺の横で、キッと、自転車の止まる音。合わせて止まってやったりしないまま、俺は前を歩き続ける、ゆっくりと、だってあんたが追いかけてきてくれるって知ってるから。――今までなら、絶対。今までだったら、絶対。 でも、あんたの足音は止まったままだ、聞こえない。追いかけてきてはくれない。わかってるよ、あんたが先に行ってしまうことくらい。こっから先は俺がひとりで行かなきゃいけないことくらい、十二分にわかってる。ああ本当に、もうちょっと、あとちょっとだけでよかったのに、俺とあんたふたりで立てたはずの最後のコートを、自分から降りてしまったあんたのこと、俺は、俺だけは笑ったり出来ない。笑い飛ばせたらいっそ楽だったのに、こういう人なんや、アホなんだよこの人は、よく知ってる、だって好きだったんだ。自分で自分を殺したくなるくらい、キッショくてキショくて世をはかなみたくなるくらいにあの人のことを、俺は好きだったんだ。 「なあ、財前。こんなん今更こっ恥ずかしゅうて、よう言わんけど」 後ろから、真面目ぶったあの人の声だけが追いかけてくる。だったら、言わなきゃいいじゃないか。笑い飛ばしてなかったことにすればいいじゃないか。行かないでくれたらいいじゃないか。結局あんたはものわかりのいいことを言って、俺を置いていってしまうんだ。あんたは、あんたのいないテニスコートを、どういう気持ちで俺が眺めるかだなんてさ、そんなこといっこも思い当たりはしないんだろう?だってあんたは単純で、バカで、お人よしで鈍感で、視野が狭くて気が利かなくて、―――正しい人だから。 思ってることはひとつも口に出さない。出してなんかやらない。そんな素直な後輩をやってきた記憶はないし、出したら最後だって、知ってるから。まあ、出さなくたって最後だけど、出すよりよっぽどいい終わり方が出来るだろう――あんたにとっては。そしてあんたが正しく去ってくれることが、俺にとっての最大の、最大の、最大の。 だから平気だよ、そんなに心配しなくても、俺はひとりでやっていけるよ。やっていけるようになってみせるよ。だから言って、どうか言って、せめて最後くらいわかりやすくあなたの口から、さようならとただそのひとことを 「今まで、ありがとうな。俺、お前とダブルスやれて、めっちゃ楽しかった。だから、いつか絶対、また会おな!」 ああ、ほんまにあの人はきしょい。寒い。今時りぼんでもなかよしでもちゃおでも、そんなクサいことよう言わん。アホにも程がある。そして残酷だ。あんなときくらい、少しは空気を読んでくれたらええのに。またとか死んでも言わんで欲しいっちゅうのに、ほんま気の回らないお人や。尽きることの無い悪態は、心の中だけにとどめる。口にしたってどうせ、笑って、許して、撫でて、答えてくれる人はいないから。 ところどころ塗装のはげた、ボロッちくて小さな赤いベンチ、足を投げ出して腰かけながら、俺はただバカみたいに、時間が過ぎるのを待っている。声、雑踏、風、温度、光、感触、通り過ぎていく景色の中に、待ち望んでるあの頭の悪い金色はない。わかってる、わかってるけど、もうちょっと、あとちょっとだけここにいたい。だってまたなと、あの人は言ったから。あとからあとから降り注いでくる桃の花びら、3月18日。卒業おめでとう、あんたはもう、ここにはいない。 ゆらゆら舞うこのあたたかい日は あなたと出会った日のように ゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆら 思い出を届ける きっときっと来年もその先も ここで待ち合わせしているわ きっときっときっときっときっときっと わたしを届ける ちいさな体で ぎりぎりまで背伸びして あなたの頬に 優しくキスをする どれほど愛しいと思ったんだろう 涙が出るくらい 大切に思い続けている どれほどまた会えると思ったんだろう 桃の花びら てのひらからこぼれるたび あなたを感じるの ゆらゆら舞う青い空 うめつくすほど桜色でいっぱい ゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆら 早く会いたいよ ずっとずっと来年もその先も ここで待ちぼうけしているわ ずっとずっとずっとずっとずっとずっと あなたに会いたい ぎゅっと抱きしめて 「小さいな、お前」って あなたが大きいんでしょ? もうちょっとこのまま どれほど愛してると思ったんだろう 涙が出るくらい 本当はそばにいたいの どれほど大人になりたいと思ったんだろう 桃の花びら あなたがくれるたび 胸がぎゅっとなるよ 今そばにいることが嬉しいから 今ここにいる時間を大切にしたいから 手を離すときも笑顔だよ せいいっぱいの笑顔でいるよ どれほど愛しいと思ったんだろう 涙が出るくらい 大切に思い続けている どれほどまた会えると思ったんだろう 桃の花びら てのひらからこぼれるたび あなたを感じるの あとがき卒業式翌日3月18日、財前くんの独白。大塚愛の「桃ノ花ビラ」を聴いていて浮かんだお話です。謙光大好きだし幸せになってもらいたいんだけど、実際は財前の片思いで終わる確率の方が高い気がします。報われなくていいんだ、と本当に諦めてるのが82の仁王なら、報われなくていいんだ、と言い聞かせてるのが財前だ、と、書きながら気が付きました。つらい。 |