白石は、涙のひとつも流さなかった。いつものことだと言えばそれまでだけど、こんなときばっかりそんな意地はらんでもええやんか、と思ったりもする。そんなことを考えながらも、当の白石を追い詰めているのは誰だ、俺か。受け入れている白石の顔は、真っ青を通り越して白い。あのきれいな顔が苦しげにゆがめられて、きつく瞼をとじているさまは、とみにかわいそうで胸がぎゅっとしぼられるようで、それはそれはとてもつらかった。けれど俺よりつらいのは白石で、ぜったいに白石のはずで、彼をさておき、彼にそんな顔をさせている張本人であるはずの俺が泣くのは、絶対におかしいと俺は思っていたのだった。



「白石、つらい…?」



かすれた声が出た。俺の問いかけに、きつく瞼を閉じていた白石はうっすらと目を開けて、また黙ったまま閉じた。はい、とも、いいえ、ともこたえなかった。彼は俺に嘘をつかないから、答えなかったということは、つらいのだ。当たり前だ、つらくないわけがない。こらえたはずの涙があふれそうになって、ぐ、と歯をくいしばる。だまっていると、どうしてかつらいはずの白石が、横たわったままのろのろと右腕を俺の頬へとのばしてきたので、俺はおそるおそるその指にふれた。包帯をつけたままの腕。彼の指は、する、と俺の顔をなでて、またぱたりとマットレスの上に沈む。その軌跡を追っていた俺は、いつの間にはっきりと目を開いていたのか、意識をしっかりと持った白石のまなざしと目が合った。顔色は相変わらず白いままだったが、まなざしは先ほどよりも本当に、しっかりとしていて、彼は俺と視線が合うやいなや、ふ、とおかしそうに口もとをゆるめる。「泣きそうな顔」、と、しぼりだされた声はくたびれてかすれていたが、抑揚ははっきりしていた。



「え?」
「泣きそうな顔。なんでお前が泣きそうなん」
「……そんなん、」
「謙也くんはお子ちゃまやなあ」



白石は、俺につらぬかれたまま、そんな軽口をたたいた。俺はもはや相槌さえもうてない。どこまで出来た男なんだろうと思った。はじめる前、一度でも手を止めたら、二度とさわらせない、と言っていたはずの白石は、いまこうして凍りついたように動きを止めてしまった俺を、ひとことも責めはしないのだ。俯いて黙り込んだ俺に、白石は俺にくみふせられた、ある意味屈辱的なかっこうのまま、「明日晴れるかな」、と、関係のないことをなんでもないふうにつぶやいた。「晴れるやろ」、と、なんとか返事をかえすと、白石は色のぬけた顔で笑って、「ほんなら、明日もテニス日よりやな」、と、やっぱりなんでもないふうに続ける。教室の中、昼下がりのそれにも似た、なんの変哲もないごくあたりまえの会話であった。ただ場所と状況と環境と感情のありばが違うだけで。



「テニス、やりたいなあ」
「……せやなあ」
「これ落ちついたら、市営コートに打ちいこか」
「…そんなん、お前できるわけないやろ」
「無理かな」
「無理や」
「そうか。そんならええわ。明日んなったら、また出来るもんな」



明日。なんでもない会話。なんでもない会話のはずなのに、俺の涙はそこで決壊した。ぼろぼろと子どものようになさけなく泣きながら、それでも、おう、とうなずくと、白石はしかたなさそうに笑って、ふいにまた伸ばした腕で勢いよく、ぐ、と俺の肩を抱き寄せた。ふたりの鼻先が近づき、それにともない、ぐ、と俺の性器が彼の中をふたたび押し広げる。意識を快感にもっていかれそうになって歯をくいしばった俺に、そうさせたはずの白石も一瞬喉をさらして低く呻いたが、苦悶の声は決してあげなかった。息をつめたあと、耐えかねたように息を大きく吐いて、それだけだった。



「ちょ、白石、あぶな」
「…なん、これっぽっちで、もうイキそうなん、謙也くんは。早漏の謙ちゃんやんな」
「アッ…ホか!そんなんとちゃうくて、」
「あーええ、もうええから、はよ動けて。俺に手加減なん、いらへんて言うたやろ。ゴチャゴチャ言うと殴るで。明日の部活、お前だけ外周増やすで」
「……横暴や…」
「いつもはいらんほどイラチなくせに、こんなときだけ鈍足とかどんだけ空気読めへんねん。だいたい、タチのお前が泣いてどうする。かっこわる」
「……かっこわるくもなるわ。俺、お前んこと好きやねんの、全力やもん…」
「はいはい。知っとるよ」



白石は少しあきれたふうに言って、目を閉じた。そして、本当にめずらしいことに、小さな声で、俺も、と付け足した。好いた惚れたを口に出す役目は全部俺に一任しているはずの白石の、それはとても希少なひとことだった。包帯が巻かれたままの腕は、変わらず俺の肩をつかんでいる。しっかりと、つかんでいる。俺はわななき、ふるえて、そのあとばちりとほほをうち、強く涙をぬぐい、ぐ、と息をつめると、それからもう何も言わず、あとはもう欲望のまま、がつがつと白石に腰を打ちつけた。何かをこわすみたいに、また何かをきりひらくみたいに。白石はやっぱり泣きもせず、苦悶の声をあげるでもなく、ただ時折低くうめいて、けれど俺の肩をつかんだままでいた。幾度もすべったり、力をなくしたりしながらも、彼の指は最後までそのままだった。すがるでもなく、責めるでもなく、その手はただもうほんとうに、昨日のように今日のように、そしてまた続く明日のように、あたりまえのようにそこにあるのだった。それが彼にとって、俺にとって、つまりはたしかな最愛の日々の続きであるのだった。






























「…おーい、白石」
「…………」
「あのお、そろそろ口きいてくれてもよくないかなー、なんつって…」
「…………」
「うおーい、無視すんなて…いやいやふつー事後ってもっとこう、甘ったるいもんとちゃうの?さすがにさびしいねんけどこれ」
「…………」
「いや、だって、よかったやんか結果的には!やっぱこういうのはほら、相互に気持ち良くないともったいないっちゅーか、俺だけ気持ち良くなっても仕方なかったっちゅーか」
「…………」
「前立腺ってほんまにあんねんなあ。いやいやまさかあんなことになるとは、ははは…」
「…………」
「……あー気持ちよかったわ…」
「…………」
「感じてる白石の顔は、うん、なんちゅーか、ほんまエクスタシーやったわ。ごちそうさんでした!」
「死ね!!!!」






(fin)









あとがき






終わりよければすべてよし!「さいあい」の続きであり、3−2にとって最愛の日々の続き、というつもりで書きました。深刻なことやまじめな場でも、まじめなまま書いたら3−2は3−2じゃなくなる気がして、そこが難しいけど楽しいです。ここまでお読みくださりありがとうございました!蛇足ですが、ぬるいとはいえ、きちんといたしてるのを書いたのははじめてでした。笑