その日、俺たちは子どものようにばかになって、夏の海へと繰り出した。大阪には海がない、だからこそ、海が見たいとだだをこねた俺に、財前はあきれはてたふうに知らんぷりをつらぬいていたが、ふと俺が目を離したすきに、かれは携帯できちんと海への片道経路を調べてくれていて、俺たちはそんなふうにして、思いつきのまま、家族連れで混み合う環状線に乗り込んだのである。

夏のさかり、行楽シーズンでにぎわう車内は、小さな子どもたちとたくさんの笑い声、うわさばなしで満ちていて、最初こそふたりならんで席に腰かけた俺たちであったが、途中途中で乗り込んでくる、赤ん坊を抱いた若い母親や孫連れの老婆などに椅子を譲るうち、俺たちは暗黙のまま立ちっぱなしとなった。並んで揺れているあいだ、俺たちは取るに足らない会話をぽつぽつと交わしながら、けれど決して、口数は多くはなかったと思う。無難な話題が落ち着けば、ふたりなんとなく視線をはせて、俺は窓の外の空を見ていたし、財前は目の前の席に行儀よく座っている、若い母親のひざに抱かれた小さな子どもを、興味がなさそうに、しかしじっと見つめていた。俺たちが出会ったばかりのころ、財前の甥っ子もたしかこれくらいの年であったはずだけれど、あれから10年ほどが経ったいま、小さかったばかりの子どもは、いまやかつて俺たちが出会ったときと同じ年となっている。時間がたつのは速いものだ、自分がオッサンになっていくばかりで、ほんとうに参る。










たどりついた海は、行楽用でにぎわう大衆海水浴場とは違い、岩場の多い、泳いだり波に乗るにはふさわしくないビーチであったので、時期にも関わらず、人影はまばらであった。きらきらかがやく水面は、思いのほか美しく、単純な俺はあっという間にテンションがあがり、歓声をあげてサンダルを脱ぎ捨てた。小さな子どものようにばかになり、浅瀬に突っ込んでいく俺を、財前はやっぱりあきれたふうに、少し遠巻きに眺めている。けれど、つまらなそうにしている表情のうらがわは、それなりにこの状況を楽しんでいるのだということだ見てとれて、ほんとうに、付き合いは長くなったものだなあと、こんなときに思う俺なわけである。むかしは、表情の変わらない、愛想のとぼしいこのひとつ年下の後輩が、何を考えているのか、何を望んでいるのかわからないばかりで、ずいぶんと苦労したふうに思うのに。


「うおー、つめてえ!ほら、財前もこっち来いて」
「へーへー。…つか謙也さん、日焼けすごいすね。ギャル男みたいや」
「ギャル男言うなや!しゃあないやろ、バイト、外が多いし。夏やし」
「それにしたって焼けすぎやろ」


テニスやってたころみたい。10年ちかく昔の俺の姿かたちを、財前はきちんと記憶しているらしく、おそらく記憶のなかの俺と、いまの俺の肌色を比較して、彼はちょっと可笑しそうに口もとをゆるめた。そういえばあのころから、財前は日に焼けにくい体質で、夏のさかりの俺たちのコントラストといったら、そりゃあみごとであった。当時は髪の色も真逆だったからよけいである。あのころ、俺たちはメインでダブルスを組んでいたので、並び立つということが公私ともにとても多く、その色彩の差異には当時の仲間たちの大部分に盛大に笑われ、揶揄された覚えがあった。


「うおおい財前、なにそんなとこ突っ立ってんねん。ノリ悪いで、お前も入ってみろて」
「んな、ガキとちゃうんに…めんどいんでいいすわ」
「なにおう!せっかく来たっちゅーんに、その言い草はなんじゃい」
「来たがったんはあんたでしょうが」


財前はそんなふうにして、断固として裸足になろうとしなかった。寄せては引いていくさざなみに、たわむれに指をつけては水滴を払うのを繰り返すばかりである。ひとりあそびの風体。照りつける日差しがあつい。じりじりといたい。今日は夏のさかりや。本当にまっさかりや。あの日みたいや。熱を吸収しやすい俺の背中は、早くも焼けてひりひりとかすかにしみはじめる。だのに財前はけろっとした顔をしている。あのころのようだ。本当に、あのころのようだ。




ふと思い立ち。いたずら心で、足先で水を跳ね上げ、とりすました顔でいる財前のほうを狙うと、思いのほか、はねあがったしずくは勢いがつよく、財前の折り曲げたチノパンの膝をびっしょりと汚した。ぼけっとひとりあそびに興じていた財前の顔が、にわかに険呑になる。あ、やばあ。ヒヤッとしたのもつかのま、財前は光速のはやさでてのひらを海面につっこみ、俺のはねあげた倍以上の海水を、こともあろうに俺の頭の上に浴びせかけた。バッシャア、と派手な音がして、ばらばらと滴り落ちる水滴が、カーテンのように視界をさえぎる。ぼうぜんと立ち尽くす俺に、財前は、ふは、と心底愉快そうな笑い声をあげた。「水もしたたるええ男、」と減らず口をたたくので、俺はとうとう本気になって、その倍の水を掬い上げた。しまいには年甲斐もなく、ふたりで水かけ鬼ごっこである。タオルのひとつも持っていないのに(だって俺たちの待ち合わせ場所は天王寺駅の改札だったんやで?)あと先のことなど何も考えず、俺たちは頭の上から足の先まで、ぐしょぬれになりながらキャッキャウフフと砂浜を走り回った。目に海水がしみる。いい年して、ほんま、何やってんだろうなあ俺たち。頭の半分は、ほんとうに楽しくてまるっきりバカで、けれどもう半分は、今の状況をアホだなあと遠巻きに笑っており、おそらく財前もそんなふうであった。


「あー、あほらし」


時間にして、おそらく数分ほどの出来事であったが、みじめなほどにぐっしょりと湿った互いの姿を見て、俺たちはどちらからともなく、唐突にその悪ふざけをやめた。俺が鼻をつまんで、耳に入った水を抜こうと首をかたむける横で、財前はスカイブルーのTシャツの裾を握り、ギュッと絞って水気をとる。ぼたぼた、と、大粒の水滴が砂浜にしみをつくった。この日差しだ、しばらく天日干しでもしていればおのずと乾くだろうが、それにしても派手にやらかしたものだ。帰りも公的機関を使用するというのに、こんなずぶぬれでは改札で制止されかねない。なんとなく黙り込み、作業に没頭するうち、財前のほうはもういろいろなものをあきらめたように、そのうち動かなくなったが、俺のほうはといえば、う、むむ、耳の水が抜けない。小学生のころ、プールサイドでよくやったように、片足になって、本格的に耳の水を抜く姿勢にはいってとびはねるが、耳の中でごろごろと水の音は鳴りやまない。どうしたものかと唸っているそのうちに、そんな間抜けな体勢の俺にいたずら心が再度わきだしたらしい財前が、おもむろに、片足立ちの肩をドン、と叩いた。すぐに、ギャア、という悲鳴のあとに、俺の体がぐるんと反転し、バランスを崩して砂の上にひっくり返る。しかもそれがまた、顔面からだったものだから、俺の鼻と口は砂粒まみれで、それはもう悲惨な結果となった。

「ゴラァ、何すんねん!!」とわめくが、わめいたそばから砂が喉に引っかかって、とてもきもちがわるい。うえ、うえ、とべろを出すが、砂つぶの違和感はしつこく俺を苦しめ、対して財前はそらっとぼけたふうに砂浜にすわりこみ、「にぶ、」とかわいげなくつぶやいた。ッカー!もう、こういうとこはほんまに変わってないでやんの!!




いくら吐き出しても違和感が残るので、そのうち俺もなんだかいろいろどうでもよくなって、砂まみれのまま砂浜に腰をおろした。どうせ砂からのがれることは出来まい、なんたって海にいるのだから。そのままなんとなく、ふたりして、無言で海面をながめる。日の光に反射して、きらきら青に黄色に光る海は、純粋に美しかった。潮騒、というんだろうな、ざあ、ざあ、という穏やかな音も、胸のなにかを静かな凪へと誘っていく。ちらりと横目で見た財前は、ぼうっとしたふうに、少しくたびれたふうに、水平線のずっと向こうのほうを、見るともなしに見つめていた。遠い遠い、遠い何かを見る顔だった。






「すんません」






不意に、財前が、小さく謝罪の言葉を落とす。乾いた声だった。俺はそれが、なにかとても大きな、この海辺での小さな出来事だけをさすものではない、とても大きな謝罪だとわかったが、わざと、なんでもないふうに、なにが?と聞き返した。わかられていることをわかっているくせに、財前は、「…転ばして。謙也さんがどんくさいの、忘れてました」、と言うので、俺はまた心底怒ったふりして、「ああ、もう知らん。頭も口も服ん中も、どこもかしもも砂まみれっちゅー話や。ゆるさへん」、と顎をそらす。財前は、しかしやっぱりもちろんすべてがわかっているのだろう、息だけでかすかに笑い、けれどそのあとは何も言わなかった。ぷっつりと、あきらめたように、その先を言うことをやめてしまった。俺も、しずかに視線を落とした。


潮騒がないでいる。海面を光がすべっていく。こぶし3つのすきまをあけて、彼が俺の隣にいる。昔と変わらない、出会ったころから変わらない、美しい景色。だのにどうしてだろう、俺は、俺たちは、あのときのままではいられない。


















「好きやなあ、俺、ほんまに。おまえんこと」


















それは、独白だったのか、それとも、今更ながらの告白だったのか。自分で言った言葉でありながら、俺自身、それはまるで判断のつかないたぐいのささやきであった。財前は、その言葉に、なんの返事をしようともしなかったが、少しおとなびたふうに口もとだけで笑い、あきらめるように、なにかをなだめるように、たしなめるように、小さく肩をすくめた。彼の眼は、まっすぐに、きらきら光る海を見ており、決して、俺の顔を見つめ返そうとはしなかった。いつからか、もうたぶん、この海に来るまえから、正しくは、大人になることを知った日から、彼はいつだってそうなのであった。




潮騒がないでいる。海面を光がすべっていく。終わってしまった夏、また終わろうとしている夏、小さな子ども、若い母親、通り過ぎていく景色、美しいものにあふれた世界。財前、俺は、お前が好きや。好きや。ずっと前から、これからあともずっと、お前のことが好きや。好きや。好きや。俺は言い聞かせるようにつぶやく、お前はおどけたふうに肩をすくめ続ける。なあ、愛をささやいているはずなのに、いとしくていとしくて胸があたたかいはずなのに、どうしていま俺はこんなに、涙が出るほど悲しいんだろう?お前が好きや、好きや、お前のことを好きでありつづけたい。視界がにじんでいる、残響がこだましている、いつの間にかお前は肩をすぼめて俯いている。大人になることが、こんなふうにすべてを忘れていくことなら、手放すことだというのなら、俺はいま、ただここで、お前を好きなままの俺でいたい。俺のままでいつづけたい。いつづけたかった。なあ、お前もきっと、そうなんだろう?こたえがほしい、けれどこたえがない、こたえがないことがこたえと知っている、知っているけれどもう一度、どうかもう一度だけ。







俺は、お前が好きなんや。好きなんだよ。財前。


















(fin)















あとがき






わけわかめでもうしわけありませんでした…10代なかばでくっついた、20代後半の謙光、といった雰囲気で書きました。雰囲気だから執筆時間ちょう短いですすいません。イメージソングは、槇原敬之の「WITCH HAZEL」。炎症をおさえる薬の名前だそうです。男同士の恋愛における現代日本の弊害とか、社会的な体面とか、そういうものにぶつかりはじめるふたりを考えながら書きました。書くとつらいから書きたくないけど、書かないよりは書いたほうがいいかなあとおもって…なにいってるんだ…お読みくださりありがとうございました。