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謙也さんは誰も待たない。待ってはくれない。だってあの人、超絶セッカチやもん。メールの返事は7割電話で返してくるような人やで。どんだけ待たれへんねん。スピード狂にも程がある。誰に叱られても、たしなめられても呆れられても、首を竦めるだけで誤魔化して、だってこれが俺の性分なんやもんって、笑っていたけれど。 そんなあの人が、たった一度だけ、俺を待つ、と言ったことがある。ちょっとどころじゃなく似合わない、でもわりに男くさくてカッコイイまじめな顔で、彼はその時じっと俺の目を見つめていた。いつまでだって絶対に待つ。お前が返事聞かせてくれるまで、いつまでだって俺は待てるで。――やからそれまで、俺をお前んそばにいさせてや。まあ出来たら、ヨボヨボジジイになってまう前に、俺に落ちてくれたらええねんけどな。…笑みになりきれなかった謙也さんの唇の端だけが、不細工に歪んでいたのを覚えている。似合わない我慢。アホな先輩。だからあんたの事が好きやった。 そう、俺はあんたが好きやった。大好きやった。ぶっちゃけ俺の中で答えなんて、もうこのとき既にひとつしかなかった。そんな人生単位で待たんでもええですわって、俺の方がどんだけあんたに頭いっぱいにさせられてると思てんねんって、俺はあんたに言いたくてしょうがなかったんや。それでも言わなかったのは、焦らしたれって、待たしたれって思ったのは、答えを口にしないでいる限り、あんたが俺から離れないと、俺を待つと約束してくれたからだ。口にしたら終わってしまうような刹那の不安を、手を取った瞬間に消えてしまうような曖昧な寂漠を、俺はどうしても消し切れないでいた。疑念だったのかと問われれば、ああ、そうだったのかもしれない。男のくせに俺を好きだと言った、待てないタチなのに人生規模で俺を待つと言った、単純馬鹿でお人よしなあの人を、震えるほどの歓喜の裏で、俺は疑っていたのかもしれない。だって怖かった。怖かったんだ。あんたを引きずり込む場所がどんなものなのか、知らないままではいられない。俺はいい、でもあんたは、あんたは嘘もまともに付けない、馬鹿正直の癖して。それでも俺を選び切るって、あんたに言わせてしまう事が怖かった。あんたは嘘が付けない人だから。一度信じると決めたものを、決して裏切ったり出来ない人だから。 なあ謙也さん、それが罪だったと言うなら、いくらだって、いくらだって俺はやり直す。くだらない怯えなんか捨てて、今度こそ絶対に、俺はあんたの手を掴むことを迷ったりなんてしない。あんたの言葉を嘘にはしたくない。あんたがいたから俺はここにいるんや。あんたみたいなアホが相手じゃなきゃ、俺はダブルスなんかやらへんかったし、一生くだらないって思ったまま終わってた。あんたみたいなお人よしがいなきゃ、俺は本当の意味でテニスを好きにはなれなかったし、ひとりぼっちのままだっただろう。あんたが腕を伸ばしてくれなきゃ、俺はあんたを好きにはならなかった。誰も好きになることは出来なかった。あんたでなきゃ。――あんたがいなきゃ。 あんたが好きや。死ぬほど恋しい。あんたはついに、俺の嘘を見破ることがなかった。くだらない見得を張った俺を待つことなく、飛ぶように行ってしまった。謙也さんは誰も待たない。待ってはくれない。誰もがみんな知っている、世界で最もわかりやすい二択のルール。そこにあるもの、もうないもの、生きているもの、終わってしまったもの。あんたと俺の間には、世界という大きな隔たりがある。 だけど俺は知っている。あんたが絶対に、嘘を付かないということを。だってそうやろ、どんだけ一緒にいた、思てんねん。あんたの考えてたことなんか、俺は全部知ってる。絶対に間違わない。あんたはもうこの世界にはいない。触れることも、どつき合うことも、例えば俺があんたにくだらない見栄を捨て去ることが出来たすえ、キスをしたり抱きしめあったりできたかもしれないことも、俺とあんたじゃもう決して届かない。だけど、俺の横を通り抜ける風だったり、空気を読まずに泣き出す空だったり、雨粒だったり、心斎橋のライブハウスで聴いたインディーズバンドのシンセの音、テニスボールの弾む響き、インパクトの衝撃、盛夏の温度、クレーの感触、喉を潤した水、反射して消える真昼の光――それらぜんぶ包み込んで染まる夜の中の、星くずのあかりひとつひとつにさえ、その中にはきっと、あんたがいる。だってあんたは、俺のそばにいると言った。そばで待つと言ってくれた。なら俺は、俺だけは絶対に、あんたの言葉を嘘にしたりはしない。例えば長い時間が経って、俺の隣に、謙也さん、あなたじゃない誰かが立つことがあったとしても、俺の中にあんたと歩いた時間が消えることはないだろう。俺はあんたが待つと言ってくれたその残った時間すべてをかけて、あんたの言葉を肯定し続ける。いじらしいやろ?――この諦めの悪さは、あんたから教わったことなんやで。 あんたは生きてた。俺の隣で笑っていた。走って、躓いて、浴びるみたいにテニスして、小さな子供のようにじゃれあって転がり、遊んで、時折ためらうように俺に触れて、迷いのない声で俺を好きだと言い切った。力に満ちた声。まっすぐに俺を見下ろすハシバミの目。その記憶が俺の中で、永遠に存在し続けるのと同じ様に。俺の横を通り抜ける風だったり、空気を読まずに泣き出す空だったり、雨粒だったり、心斎橋のライブハウスで聴いたインディーズバンドのシンセの音、テニスボールの弾む響き、インパクトの衝撃、盛夏の温度、クレーの感触、喉を潤した水、反射して消える真昼の光、星くずのあかり。なあ謙也さん、その中には、きっとずっと全部あんたがいる。ほんまは待たれん性格のクセに、俺を辛抱強く待ち続けてくれている。嘘のつけない人。嘘をつかないでいてくれた人。それなら俺が、きっとあんたのすべてを嘘にはしないよ。世界の真ん中に突き抜ける感情、愛なんて言葉は陳腐でくだらなく、一言で言うとキモイけど、そう言うよりほか、しゃあないっすわ。 だから生きるよ きっと生きるよ 夜明けのプリオシン 消えることない明けの明星 世界を貫くこの感情が あんたの走り抜けた軌跡と轍 (fin) 恋しくて せつなくて 眠れない夜の 星くずのあつめかた 僕らは知っている long night あの夏の朝 5月の夜を 輝く日々を この胸にかざって 誰に語ろう もうかえらない やさしい君の歌 会いたい かなしみも 切なさも 星くずに変える 思い出のつかいかた 僕らは覚えた 君が好きだよ まだ愛しいよ はりさけそうな この胸がいつかは また恋をして 痛みを抱えて ほほえみあうのかな one summer night 恋して キスして 覚えた切なさは星くずの歌 君の胸まで 空をこえ きっと届くよ 君に出会って 僕ははじめて 生きてくことが いとしくなったから 明日に出会う 誰かにきっと 優しくできるよね 君が好きだよ まだ愛しいよ しあわせでいてよね 遠いあかりを ともした窓に やさしいあの日々を 夢見て (Fiction Junction 「星くず」) あとがき「真昼のアンタレス」と対のお話です。告白してくれた謙也くんに返事を待たせていたら、間に合わなくなってしまった財前くん。本当は書くつもりがなかったんですが、ぼんやり「星くず」を聴いていたら、なんとなく書いてみるのもありかもしれない、と思ってケータイで即興で書きました。「プリオシン」は童話・「銀河鉄道の夜」の中、「存在したことを証明する」ための発掘場として登場する海岸の名前です。でも実際に大切な人がいなくなっちゃったら、こんな綺麗な考え方はできない気がする。なんで置いていっちゃったの、なんでなんでってめいっぱい泣いてから、たぶん少し経ってからの財前くんのお話。 |