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きっかけは単純だった。ダブルスを組んだ当時から、無愛想で生意気で可愛げのない皮肉しか言えなかった俺を、決定的な所で見逃さず、諦めずに引っ張り上げる変わり者の先輩に、決定的に降伏した契機。 「強い奴がコートに立つのが、当たり前ってもんや」 表情ひとつ変えなかった。あんなにも、笑いたい時に笑って、怒りたい時に怒って、好き放題するはずのあの人が、俺を一度として振り返ることなく、ベンチに腰かけたままで、まっすぐにコートの向こうを見つめてる。ああ、本当に、セッカチな人だ。パートナーの俺に何の相談もなく、あの人は勝手に全部決めてしまった。俺との時間を諦めてしまった。けれどその瞬間のあの人の、かすかに笑った横顔の誇らしげな色合いを、俺は生涯忘れることはないだろう。勝利のために、そして何かもっと大きくて大切なもののために、何かが始まり、終わった音。冷たさと熱、真昼の夏。あの日きっと、俺はあんたに、不毛すぎるほどの恋に落ちた。 声が聞きたいとか、ガラでもあらへん。まして触れたいとか、抱きしめて欲しいとか、そんなんキショ過ぎて思い浮かべるのさえうっといわ。この感情の自白を促されたなら、俺は舌を噛み切って死んでやる。9割は意地で、残り1割は自分でも判別の出来ない何かだ。あの人は単細胞でアホだから、俺のこの葛藤と矛盾と狼狽の複雑に入り交じったところを、決して察しはしないだろう。何より男が男に惚れるなんて不毛なこと、あのキャパシティの狭い人に理解が及ぶとは思えない。何処までも清く正しく美しく?今時どんなチープな少女マンガでも流行らない流行遅れの三段論法を、自信たっぷりに掲げるような人だから。寒い、寒すぎる。でもそんなイタイ人に必死になってる自分は、もっと寒い。 (ほんま、不毛や…) そう、全く以って不毛だ、俺のこの感情は。気の迷いであれたらよかったのに、あの夏の日から不覚にもあの人と目が合うたび、元・パートナーとして特別扱いされるたび、周囲に花が咲いて見えるんだから、重症だった。はは、ほんまどこの少女マンガでドキドキサバイバルやっちゅー話や。いっそ新種の眼病だった方が、まだ救いがある気がする。態度に出してるつもりは死んでもないけど、白石部長あたりは何やかや感じ取っているようで、俺を見てニヤつく回数があからさまに増えた。何なんやあの人エスパーか何か?もういっそ死んでくれたらええのに。 でもある意味ゴキブリ並にしぶとく生命力に溢れた部長が死ぬのを待つより先に、多分すぐにでも彼らは俺の前を去るに違いなかった。季節は初春、聞こえよがしに響いてくるのは仰げばとうとし。別れの波はやってくる、例外なくあの人――謙也さんも含めて。 だが、つくづく恋ってのは厄介だ。ドキドキサバイバル(重ね重ね、サバイバルっている自分を自覚するたび、死んでしまいたくなるが)な原因がいなくなればこの感情が自然鎮火するかって言えば、そういう訳でもないようだ、という点で。誠に遺憾かつ残念な事に、俺の心は悩みの種が取り去られる喜びよりも、あの人を失う空虚に悲鳴を上げていた。だってそうじゃないか、今までどんだけ一緒におったと思うねん。病める時も健やかなる時も?下手したら大会前なぞおかんより長い時間を過ごした。そうやってあの人が笑ったり怒ったり走ったり呼吸したりするたびに、俺は何ともイタイ事に、しばしば胸をときめかせていたわけだ、無意識の内に。それが急に途切れてしまうなんて、――なくなってしまうなんて、そんなんないわ、ありえへんやろ。学年の違いが連れてくる事態の大きさを、俺は認識してはいたが、覚悟出来てはいなかった。ほんま、天才が聞いて呆れるっちゅー話や。大体、あの人は生まれからしてセッカチすぎるねん。あと1ヶ月俺より遅う生まれといてくれたら、何も気にせんであと1年、一緒にいられたんやろうに。 ――告白?そんなん、世界が引っ繰り返ったってせえへん。キモすぎる。言うたやろ、この感情の自白を促されたら、舌噛み切って死んでやるって。……ああ、ここはもう、正直に言うたりましょか。怖いんや、めっちゃくちゃ。あの人に、「こいつキモイ」って目で見られることが。「こんな奴とパートナーなんかやるんやなかった」って思われるのが。やってゾッとしたんや、あの夏の日、俺とのダブルスを諦めてしまった背中を見つめた、あの瞬間。広くて正しいあの人に恋に落ちると同時に、たまらなく虚しくて辛くて、底冷えするように温度が消えたあの日。その上、俺にとっては全ての2年間を、謙也さん本人に後悔されてもうたら、ほんま目ェも当てられへん。舌噛み切って死ぬ以前に、多分、全部終わる。生きてる意味がなくなる。だから始めから、俺には前に進むも後ろに下がるも選択肢なんかないねん。八方塞がり、孤高の天才。あ、これええな。卒業式の日のブログのタイトルは、これにしたろ。どうせあの人に理解が及ぶはずがないんだ、俺の孤独の理由なんて。だからこんくらいの意趣返しくらい、許されたっていいだろう? だから、八方塞がりなら八方塞がりなりに、停滞した別離までのこのモラトリアムを、それなりに貴重に扱おうと決めていた。あの人が笑うのも怒るのも走るのも呼吸するのも、俺だけの時間で切り取って、宝物にしてみせる。忘れられそうにないならないなりに、引きこもってたっていいじゃないか。そう思っていた、はずだったのに。 (何が起こっとるんやろう……) 息苦しい空間の中で、俺はしきりに瞬きしながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。視界一面に広がった黒、制服越しに伝わる体温。頭の上から、動物みたいに決死で乱れた呼吸が伝わってきて、笑えて泣けて息が止まる。離れようと身じろぎする俺を、自棄になったみたいに力で押さえつけてくる、この人の名前は何やったっけ? 「ちょ、とりま落ち着け。あの、なんつーか、キモイとかウザイとか絶交とかする前に、俺ん話聞いてくれん?」 いや、落ち着くのあんただろ、セリフかみっかみやし。心中で突っ込みながら、しかし肝心の声が出ない時点で俺も相当動揺しているらしい。うわー、認めたない。指先、震えとるし。足ガクガクやし。謙也さんに見られたら、情けないって笑われてしまいや。謙也さんに、謙也さんを、謙也さんが………ここに。おって。 ……あれ? 「あんな、ほんまは俺、卒業まで何も言わんと行こう思とったんやけど。…なんや、気付かんフリとかすんの、俺、性に合わへんねん。当たって砕けるしか、能があれへんねや。やから、」 聞きなれてるはずの謙也さんの声が、耳元で響いてる。謙也さんの腕が、俺の背中を抱えてる。でかい、熱い、わりとちょっと鬱陶しい手と、わりとちょっと嫌味なほど長い脚が、俺の目の前にある。謙也さんに、謙也さんを、謙也さんが、………ここにおって。ここにおって? 自覚すると同時に、ドッと周囲に花が咲く。うぜえええええ。ほんまどこのドキドキサバイバルや。声が聞きたい、触れたい、抱きしめてほしい、ガラでもあれへん。でもそのガラでもない馬鹿げた願いが叶ったら叶ったで、泣きそうになっとる俺は何なんやろう。震えだしそうなほどに歓喜している俺は何なんやろう?――だって、好きなんや、この人のこと。単細胞でアホやけど、オツムの弱いへたれ野郎やけど、死ぬほど惚れとる。宝物なんかに出来るはずない、モラトリアムなんかくそくらえ。俺はこの人を、諦めることなんか選べない。 「好きなんや、お前んこと。かわいい思とる、手離したくない。せやから財前、俺のもんになってや。ほんで、望み無いならキッパリ絶交したって」 アホすぎる、なあ、想定外すぎるやろ、そんなん。どないせいっちゅーねん。かわいいって何?男に言う台詞とちゃうって、この人わかって言っとるんやろうか。いや確実にわかってへんな。ちゅーか、卒業して行ってまうの、あんたの方やし。あの真昼の夏だって、手を離したのは、諦めたのは、あんたの方だったくせに。離れときたくないって、元はあんたが1ヶ月セッカチやったせいやんか。そこんとこ、わかってるんか。 なあ、謙也さん。 「………頼む。何か言うてや」 弱りきった声。俺があんたにそんな声、させてんのか。見上げられない。とても顔なんか、見上げられそうにない。体中の血液が顔に集まって、腐って落ちるような気持ちさえする。おかしいな、どこまでも無表情で鉄面皮で、可愛げがないのが俺のウリやったはずなんやけど。 返事のない俺に焦れたように、謙也さんが腕の力を緩めて、俺の顔を覗き込もうとする。咄嗟に腕を突っ張ってキョヒると、謙也さんの動きが傷付いたように止まった。あ、やばい。離れていってしまう。諦められてしまう。あの夏の日、恋に落ちたと同時に、一度も俺を振り返ることのなかったこの人の背中に、止まってしまった時間が動き出す。 危機感に押された俺の体は、気付いたときには謙也さんの襟首を引っつかんで、引き下ろしていた。勢いが強すぎて「おぐっ」と珍妙な呻き声をあげたその唇に、唇でふれる。格好がつかないことに、力が余って歯がぶつかったけど、そんなこと、認識できてるかどうかもわからない謙也さんには関係ないだろう。こぼれおちそうに目をかっぴらいた謙也さんの顔、笑える。意趣返しや、俺の中での自分の影響力、これっぽっちも理解してないこの人に。胸がすく思いと同時に、あの日から動き出した時間と熱量が、俺の目からあふれだす。あんたが好きや。死ぬほど惚れとる。あんたが俺を諦めても、俺だけは絶対にあんたを諦められそうにないよ。だから。 「置いて行かんといてください」 今度こそ、絶対に。 つられたのか、みるみる内に泣きそうにゆがむ謙也さんの顔、ほんまに笑える。笑えて泣ける。しゃくりあげながら器用に吹き出した俺の肩をガッシリと掴んだ謙也さんは、「俺、あと1ヶ月、遅く生まれといたらよかったわ……」と、スピードスターを裏切ることをつぶやいて、途方に暮れた顔でくしゃくしゃ笑った。ざまあみろ、あんたも少しは、置いていかれる奴の気持ち、わかっといた方がええっちゅーことや。笑顔の横に咲いて見える花を見ないフリしながら、俺は泣きながら小さく、舌を出した。これにて俺のドキドキサバイバル、攻略満了! <fin> あとがき片思いばっかりなので、たまには謙也くんに「あれ?」ってドギモを抜かされる財前くんを書こうと思って書きました。甘ー!!!お酒飲みながら書いたからテンションへん。ドキドキサバイバルとか。あとスランプでいつにも増して文章がへんです。ふたりが両思いになる経過は、いつかきちんとじっくり書いてみたいなあ。なにはともあれ、お読みくださりありがとうございました! |