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長太郎は、若と初めて出会った15年前の、寒い、寒い雪の夜の事を、今でも鮮明に思い出す事が出来る。話をすれば、若はいつも覚えていないとつまらなそうに口を尖らせるけれど、長太郎にとっては若と過ごしたすべてが、つい今しがた過ぎていったばかりと同じだった。悠久の時を生きる神として、ヒトの生命は光のように速く、炎のように苛烈だ。 古く日吉一族と交流のある鳳森の犬神たちは、一族に新たな命が誕生した暁には、互いが互いに祝杯を上げ、さかずきを交わす。日吉一族総領直系の子としては末っ子になる若が誕生したのは、長太郎が世に生まれ出でて、15年と少し経った雪の夜だった。種族は違えど同じ末息子同士として、若の出生をひそかに楽しみにしていた長太郎は、その日、生まれて初めて見る小さな小さな美しいいきものに、あっという間に心を奪われた。真っ白な布にくるまれて、すこやかな寝息を立てるきれいないきもの。美しかった。この世のきたないものなど何も知らず、ただきれいで、涙が出るくらいにはかなく消え去ってしまう奇跡のようなものを、その小さないきものは集めて形にしたような存在だった。 長太郎はヒトといういきものが好きだった。呼吸の音が海鳴りに似ていて好きだ。笑う顔がとても好ましい。小さなことで空のようにくるくると色合いを変える心も好きだし、常に何かを愛し、見つめ、きちんと向き合うことのできる姿勢も気に入っていた。神としては、おそらく不自然であるほどに。 けれど長太郎というひとつの命からしてみれば、ヒトに、そして若に心惹かれ焦がれることは、まったく不自然ではなかった。若は長太郎が瞬きをする間に成長し、いつしかかわいげのない憎まれ口を叩くまでになったけれど、その心の純粋さと美しさ、しなやかさ、まっすぐさ、踏みにじられていない新雪のような誇り高い命は、まるで生まれた時そのままだった。これが奇跡以外の何であるだろう!だから長太郎は、若がたったひとり旅に出る事を聞かされた1ヶ月前、純粋であるがゆえに折れる事を知らない大切な大切な存在を守るために、己も慣れ親しんだ森を離れる事を決めた。強いのにどこか脆い、脆いけどとても強い、大切な命。君を守るためなら俺は、だいきらいな戦いだって、きっと辞さない。 「―――鳳やろ。入って来ぃや」 明かりの灯った障子の向こうへ、まさに来訪を告げる声を掛けようとしていた長太郎は、訪ねる前から部屋の主に己の名を言い当てられ、大いに肝を冷やした。やはり、忍足侑士という人間は底知れない『くせもの』であるらしい。驚きに乱れた呼吸を二、三整えてから、長太郎は「失礼します」と声を掛け、するりと障子を引いた。畳敷きの狭い室内に、主の姿は見当たらない。けれど庭先、薄く開いた障子の影から、濡れ縁に広がる見慣れた黒い衣を見つけて、長太郎はほっと息をついた。忍足は縁側に腰掛け、燭台の火と月明かりを頼りに、古びた書状のようなものに目を通している最中のようだった。長太郎が近付くと、彼はそれらを畳んで懐にしまい込み、少しだけ皮肉っぽい、いつもと同じ笑顔を浮かべて見せる。 「珍しいな、鳳が俺の部屋、訪ねてくるなんて。旅が始まって以来、初めてなんとちゃうか」 「すみません。夜分にお邪魔してしまって」 「別に構へんよ、まだ休むにはちょお早いし、暇しとってん。そこ、座りぃや。座布団も使って」 「あ、いえ、あの――お構いなく」 「ええって。長くなるんやろ、話」 見透かしたようにさらりと問われて、長太郎はまた肝を冷やしたが、指摘した忍足は涼しい顔をしていた。やはり年若いヒトのわりに老獪なところのある彼の方が、未熟な犬神の自分より、何倍もうわてであるらしい。長太郎は諦めて、そっと縁側、忍足の隣に腰掛けた。今夜は上弦の月だ。雲はなく、月明かりがやわらかく辺りの夜を照らしている。 「――はい。昼間の事で少し、お話がしたくて」 「うん、わかっとるよ。日吉の事やろ」 微笑を浮かべながらの忍足の問い掛けに、長太郎は小さく頷く。昼の森でのあの一件以来、若はぷつりと口を閉ざし、塞ぎこむような様子を見せていた。話しかけても最低限の応答しかせず、ずっと俯いて考え込んでいる。傍目には不機嫌な無表情にしか見えないかもしれないが、若と付き合いの長い長太郎からして見れば、忍足に投げられた言葉に若が少なからず衝撃を受けたのであろうことが、容易に見て取れた。「今のままじゃ、お前は本当の意味で強くなることは出来ない」――強さを追い求めて躍起になっている若には、その言葉はとても重みのあるものだったんだろう。 「若は――焦ってるだけなんです。強くなることが、若の全てになっちゃってるから。それが全部だって、思い込んじゃっているから」 俯き、そっと息をつく。若は、その実力や、誇り高さと高潔さを疎まれて、小さな頃から里の者たちにとかく煙たがられる事が多かった。どんな侮蔑であれ嘲笑であれ、若自身は一切意に介さず、黙々と修行を重ねていたけれども、強くなればなるほどやっかみを一身に買うところのある、不器用なほど実直な彼は、時には出る杭は打たれるとでも言うように、実力行使に出られた事さえあった。特に、若の個人主義が徹底するようになったここ数年の間では、彼の周囲にいさかいが絶えた事はない。 けれど例え理不尽な謗りを受けようとも、感情のままの暴力を受けようとも、若はいつもどんな時でも、凛と背筋を伸ばしていた。「強くなりさえすりゃ、こんなのはなんてことなくなる」と、若がいつかぽつりと零したことを、長太郎はよく覚えている。どんな逆境にあろうとも、いつも呑まれることなく前を見据える若の強さを、長太郎は神の身分にありながら、ずっと美しいと感じていた。その心の純粋さ、しなやかさ、まっすぐさ。踏みにじられていない、新雪のような誇り高い命。悠久の時を生きる神には持てない、その光のように速く、炎のように苛烈な生命の輝きに、長太郎はいつだって焦がれていた。 けれど、その影で若がいつもきつく、きつく拳を握り締めていたことも、長太郎は知っている。表に出すこと適わない、悔恨と屈辱を無表情の中に封じた少年は、常に前だけを見据えるため、後ろを振り返らないようにするために、ただずっと、懸命に「強さ」だけを追い求めてきた。強くなることは、武術の里に嫡子に生まれた若に出来る、最も明白な存在表明に等しい。だからこそ、若は日々血の滲むような鍛錬を積んで、自らを律し続けたのだ。握り締めた拳に爪が食い込んでも、そこに傷を残そうとも、里に生まれた自分という存在を、周囲に認めさせるためだけに。 けれど、それらの全てを父である総領に拒まれたことで、若は目指すべき方向性を見失ってしまった。強さを認められることだけが全てだった若にとって、その絶望はいかばかりだったか!あの瞬間から若は変わってしまった。以前にも増して痛々しいほどの修行を己に課し、その身に余りある、更なる強さを追い求めるようになった。笑顔を見せることが少なくなり、周囲を省みることがなくなり、身一つで命をおびやかすほどの危険にさえ飛び込んでいくようになってしまった。まるで死の瀬戸際まで行かなければ、目指す強さが手に入れられないと言わんばかりに。弱さを嫌悪し、憎悪して、自らを傷だらけにするほどに。 長太郎は心配だった。傷つき、ひとりでもがく若を見るのは、辛い。だから総領に無理を言い、若の旅に同行した。君は決してひとりではないのだと教えたかったし、もっと頼ってくれていいのだと知ってほしかった。弱さは決して許されないことではないと、ヒトも神でさえも強さと弱さを併せ持つ矛盾した生き物だと、若にわかって欲しかった。まして大人ぶってはいても、若だってまだ齢16の少年なのだ。悩み、足取りに迷い、進むべき道がわからなくなったとしても、それは決して恥ずべきことではないのに。 けれど若は、それを甘えだと言って切り捨てようとする。自分にはそんなもの、必要がないと言う。感情も情愛も、自分の進む道には必要がないと言う。自分が若を案じれば案じるほど、若がかたくなに孤独になってゆくのが長太郎には悲しかった。だってそれは、修羅の道と同じだ。 「若はひとりぼっちじゃない。お館さまだって、何か考えがあって若を外へ出したに違いないんです。俺はそんな若の手伝いをしたいと思って、それでここまでついてきました。でも、かれはどんどんひとりで先に行ってしまう。ひとりじゃないといけないって、思い込んでいるのかな」 俯いた長太郎の頭に、ぽん、と何かが乗せられる。忍足の右手だった。忍足はどこか、遠くを見るような目で、庭の向こうをじっと見つめていた。 「日吉はちゃんとわかっとるよ。皮肉ばっかでかわいげない子ォやけど、聡明やからな。鳳の気持ちもちゃんとわかっとるし、たぶん、親父さんが若を憎くて放り出したわけやないってことも、頭のどっかではわかっとるやろ。ただ、よう折り合いが付けられへんだけや。じゃなきゃあんな顔せえへん」 「あんな顔?」 聞き返したが、多分忍足の言う「あんな顔」は、忍足が昼間、若の頬を叩いた時のことに違いないだろう。正確には「叩いた」なんて表現じゃ大げさすぎるくらいの、静かな、優しい接触だったが、若があの瞬間に見せた、小さな子供が叱られた時に見せるような心もとない表情を、長太郎は確かに見てしまった。あんな頼りない、生まれたままのような若の顔を見たのは、長太郎からしてとてもとても珍しい事だった。 「鳳のことが大切やし、頼りにしとるからこそ、それに甘えて噛み付いてまうんやろ。反抗期みたいなもんや。自制して日ごろは大人ぶっとるぶん、気心知れとる鳳には八つ当たりしやすいんとちゃう?さっきも言ったけど、日吉は聡い子ォや、自分でもそういう自分にはどっかで気付いとるんやろうけど、同じだけ不器用な子やさかい、どうにも出来へんのやろな。だからこそ、俺の言葉が効いたんやろ」 あっけらかんと言い放つ忍足を驚いて見ながら、つくづく彼は不思議な男だ、と、長太郎は考えた。どこか達観して皮肉っぽいところがあるのに、ふとした拍子に見せる優しさや気遣いも嘘じゃない。人をよく見て、自分がどう出るのかを深く考えている彼は、口八丁で若と長太郎の旅にくっついてきたかと思ったら、今や実に自然に、違和感なく道中を共にしている。人懐こいところがある長太郎自身はもちろん、どうでもいい相手には無機質な無表情と無愛想で通してしまう若でさえも、忍足には面白いくらいに感情の起伏を見せ、いつの間にか彼の存在になじむようになっていた。若本人は気付いていないかもしれないが、忍足を隣にして喚いたり騒いだりしている若は、とても年相応で、生気にあふれている。口を開けば忍足の同行に文句ばかりの若だが、退魔一門としての義務や出生に関わらず、日吉若という人間に対してまっすぐ接してくれる忍足のことを、無意識下では代えがたく思っているに違いないと、長太郎は感じていた。でなければきっと、若はあんな無防備な顔は見せない。通算13回の「忍足逃亡」も、最初こそ本気だったかもしれないが、半分を超えた頃からは単純に、若なりの“ポーズ”を保つためのものだったんだろう。何せプライドが高くて意地っ張りで、甘え下手なのが若だから。 けれどそう考える一方で、小さな頃からずっとそばで見続けていたにも関わらず、自分よりずっと若を理解して行動しているように見える忍足のことを、長太郎は少しだけねたましく思っていた。自分はもう何年もの間若を大切に思ってきたけれど、こんな風に穏やかに、冷静に彼を守れたことは一度だってなかったように思った。 「忍足さんは、日吉のこと、よくわかってらっしゃるんですね」 思わずぼやく。想像以上に拗ねた声が出たのであわてふためいていたら、忍足が大人の顔で困ったように苦笑したのが見えた。横目でちらりと長太郎を仰いだ彼は、また庭先に視線を戻したあと、「日吉は、」とぽつりと言葉をこぼした。 「日吉は。昔の俺に、ちょお似てるところあるねん。似てるっちゅうても、ちょこっとやけどな」 「忍足さんが日吉に?」 驚いて、声を大きくした長太郎に、忍足は口の端を持ち上げるようにして、かすかに笑って見せた。忍足がよく見せるのは、こういった皮肉っぽい大人びた微笑がほとんどだが、それでも彼はよく笑い、饒舌で、振る舞いや仕草も雄弁だ。どちらかと言わなくても無口で、静寂を愛するところのある日吉と今の忍足は、どうあっても結びつかなかった。首を傾げる長太郎に、忍足は少しおどけたみたいに肩を竦めて見せる。けれど瞳は笑っていない。 「誰にもなんも言わせんような強さが、欲しかったんや。そのためなら何を滅ぼしても構わんと思っとった。やから日吉が取り付かれてるもんも、欲しがってるもんも、わかるような気ィ、するねん。日吉には、一緒にするな言うて、叱られてしまうやろけどな」 忍足の、庭先を見つめる漆黒の目が、一瞬ぞっとするほど冷たくなったのを、長太郎は見逃さなかった。皮膚にとりはだが浮き、血の気が引く。時々、本当に時々、忍足はこんな風に、氷のような冷たいまなざしで遠くを睨むことがあった。まるで何かを憎むみたいな、憤るみたいな、怨嗟するような、そんな視線だ。深くは語られない忍足の過去。秘密主義で、己の正体を容易にはつかませず、飄々としたところのある忍足に、しきりに腹を立てていた若を思い起こす。決して明らかにされない、過ぎていってしまった彼の時間の中に、その理由があるのだろうか? けれど、無意識に体をこわばらせた長太郎へとそのまなざしをずらす時、もう、忍足からあの凍りついたような空気は消えていて、代わりに浮かんでいたのはいつもと同じ感情の読めない、だけどとても真摯で穏やかなまなざしだった。口元にはかすかに、笑顔が浮かんでいる。若や長太郎へ語りかけてくる時、忍足はいつだって穏やかな表情を崩さない。信じられないくらい冷たい瞳をする忍足。優しく静かに笑う忍足。どちらの忍足を忍足と思えばいいのか、長太郎にはわからなかった。けれど。 「日吉に、助けてくれって頼んだ覚えはない、言われて、ずっと前に俺も全く同じ事を叫んだん、思い出したわ。――まあ、そない言うても若は俺とは違って、よっぽど賢い子ォやからな。すぐにじゃなくても、いずれ自分で突破口を開けるやろ。意地っ張りで口悪いからわかりにくいけど、性根は優しい子やし。そうやろ」 けれどきっと、忍足が若と長太郎の旅に同行したことに、薄汚い打算や狙いはないはずだ。それだけは信じられる。長太郎は頷いた。 「はい。とても」 長太郎の返事に忍足は少し笑って、視線を再び庭先へ戻した。日が落ちて、夜闇に包まれた周囲。垣根の向こうに、林立する鬱蒼とした森の影が見える。僅かにまなざしを眇めた彼は、染み渡るような静かな声で、呟く。 「日吉なら―――あの子なら、大丈夫や」 俺とは違って。 ぽつりと忍足が付け足すように落とした独白は、夏の風に浚われて、長太郎の耳へは届かなかった。 部屋に戻ると、寄寓にも若は忍足と同じように、庭に面した縁側に腰掛け、ぼんやりと外を見つめていた。長太郎が戻ったことを気配で感じたのか、視線だけをかすかにめぐらせ、「何処に行ってたんだ」と問い掛けてくる。けれど、忍足と話しに出たことは最初から若には言わないと決めていた長太郎は、別に、とだけ答えて首を振った。若は探るような視線で長太郎を見上げたが、少しだけため息をつくと、また外へ視線を戻してしまう。忍足の部屋とは違い、村に面したこの部屋では、垣根の向こうに人里が放つやんわりとした明りが灯っている。かすかに届く人の喧騒が虫の鳴き声と調和して、穏やかにふたりの耳に響いていた。 「……船が、出るらしい。和泉の方へ迂回して回る船だ。船頭に話をつけた。明日の朝、出航するぞ」 「え?」 唐突に若が口を開いたのは、暫しの沈黙がふたりの間に落ちてから、だった。あまりにも急な話題転換だったので、長太郎は頭の整理が追いつかず、間抜けた声をあげてしまう。けれど、いつもならそんな長太郎を愚図だのろまだと皮肉るはずの声はなく、若は無表情でじっと庭先を見つめるままだ。 「え、ちょ、ちょっと待って。船って。どうして?陸路で出雲に向かうんじゃなかったの?」 「海路のほうが早い。海なら魔のものも出ないから、足止めを食らわずに出雲へ行ける」 「そりゃ、そうだけど。ねえ、どうしたの、急に。陸路じゃ何か問題があるの?」 「俺は、」 若が少しだけ声を大きくした。 「――俺は。一刻も早く、強くならなきゃいけないんだ」 抑揚は消されていたが、どこか苦渋に満ちた響きの言葉だった。長太郎はそれ以上何も言えずに黙り込む。腹の前で組み合わされた若の拳は、かつてと同じように、ぎゅっと強く握り込まれていた。急な行程の変更は、昼にあった出来事を踏まえての、若なりの苦悩があっての事なんだろう。長太郎は頷いた。 「………わかった。若が決めた事なら、俺は従うよ。一緒に行く」 答えると、小さな音量ながら「ありがとう」と、掠れた声で礼が囁かれたので、長太郎は口元を綻ばせた。若が素直に礼を言うなんて、めったにある事じゃない。どういたしまして、と、多少浮き足立った声で長太郎は答える。何があろうと、どんな場所だろうと、俺はずっと若と一緒に行くよ。 「そうと決まったら、忍足さんにも知らせてこなきゃね」 再び部屋の外へ足を向けかけた長太郎に、しかし、短い制止の声が届いたのはすぐだった。振り返った先の若の背中は、なんだかひどく薄く、たよりなく見える。 「……あの人には、知らせなくていい。船に乗るのは、俺たち二人だ」 「え、」 「――元々、二人だけで始まった旅なんだ。他人が混ざり込んでるってこと自体、奇妙ってもんだろ」 もう、終わりにしよう。 吐き出すように言った俯き気味の若の顔は、白く、人形のようにこわばっていた。長太郎は息を飲み、若の次の言葉を待ったが、彼の青ざめた唇はいつまで経ってもそれ以上の弁明をすることはなく、夜は刻々と更けていくばかりだ。日吉の、光によってかすかに色を変える薄茶の瞳は、暗いような、悲しいような、もどかしいような――そんな複雑な決意で満ちていた。日吉なら、あの子なら、大丈夫だと、そう言い切った忍足の声が、長太郎の頭の中でこだまする。 迷いに迷って、それでいいの、と問い掛けた長太郎の声に、返る返事はなかった。若の視線の先で、町の明りがひとつずつ、またひとつずつ消えてゆく。やがて一点の光明なく暗夜に覆われる世界の事を、長太郎は初めて、恐ろしいと感じた。 (to be continued…) |