俺は行かんとあかん。どうしてだかわからん、わからんけど、でもしゃあないやん、止まってられる性格とちゃうねんもん。浪速のスピードスターの名前は伊達とちゃうねんで!可能ならずっと、この体が溶けてもはや何でもなくなるその瞬間まで、俺は走り続けていたいんや。白石は笑う?小春は、ユウジは、銀は、健之助は、金ちゃんは、千歳は俺に呆れるだろうか?ハハ、呆れるんやろうなあ。でも、わかっててもやっぱり俺は止まってなんかおれへんのや。迷っても、うだうだしとってもあかん。やってそんなん男らしないやん。カッコ悪いわ。やから俺は、さっさとここから行かなあかん。行かんとあかんねん。
なあ財前、お前もそうなんやで。お前は憎ったらしくて小生意気で横柄で、口を開けば二言目には「謙也さんってほんまアホっすわあ」、やけど、間違ったことや曲がったことは絶対にせえへん。なんやかや言いよるけど、ほんまはいつでも何でもわかっとる。せやからこそ俺、こんな長いことお前とダブルス組めたんやと思うねん。な、せやろ?何たってお前、天才財前やもんな。……いや、この言い方はずるいか。ごめん。
俺さ、好きやってんでぇ、お前んこと。いやいや、お前はいまさら何度目やって言うかもわからんけど、俺アホやし、白石や侑士みたくうまいこと言われへんから、直球で思てることぶつけるしか出来へんねや。…あ?そういうとこがカッコ悪い?ほっとけや。ええの!キメるとこキメてたら。やってほんまのことやねんもん。お前はどうせ今までと同じように、アホらしって笑い飛ばすんやろうけど、変に器用貧乏で、やりたいことどっかやれない、言いたいことなんか言えないお前のこと、俺はとにかく可愛くてしゃあなかった。――大事やってんで、ほんまに。それこそ、俺は白石や侑士みたく、うまいことしてやれんばっかで、自分の思いぶつけるばっかやってんけど、せやけどそーいう俺だからこそ、懐いてくれてるとこもあったんやろ?んん?……あ?全部俺の妄想やって?んなわけないやろ!!財前お前な、自分で自分のことえっらいポーカーフェイス思てるんやろけど、案ッ外顔に出とるで、お前。なめんなや、ポーカーフェイスなら筋金入りのが身内におるっちゅうねん。なんとなくわかるねん、こう、ビビッと!お前今悔しがっとんなあとか、喜んどるなあとか、眠いんやろなあとか、寂しいんやろなあとか。何なんやろな、これ。単純に、パートナーやってきた年の功ってやつかもしれへんけど、これが、いわゆるこう、愛?みたいなもんだったら、嬉しなあ。……あ?キモイ?ハハ、うん、今のは自分でも言っててサブかったわ。関西人失格やな。笑てええで。
……なあ、財前。頼むから、笑てんか。頼むから、そないな顔せんといて。俺、わかるんや。わかってまうねん、お前が今何考えてるとか、何を我慢してるかとか、どんだけひとりぼっちの気分でおるんやろうとか。わかるねん。わかってまうねん。やって俺、お前が好きなんやもん。お前が想像してるより、多分ずっとずっと、何倍も何十倍も、お前のことが好きなんやもん。どんだけお前のこと見てきたと思うねん。数量化できるようなもんなら、今すぐお前に見せたってやりたい。きっとお前、ドン引くでぇ。謙也さん、マジキモイっすわって、お前はきっと笑うで。笑って笑って、……たぶん、泣いてまうで。謙也さんアホやなーって、どんだけ俺に必死やったんやろーって、お前多分、泣くほど笑うで。ほんまやで。
遠くに行くんとちゃう。ぶっちゃけ言えば、そんな遠くなんか、こわぁて行けんて。お前んこと、置いて行けんて。でも、行かないわけにもあかん。つうか、やっぱ行かんとあかん、のや、最終的には。あー、なんや、難儀なもんやと思うで、ほんま。どーしょーもな。けど、そういうもんなんやって言われたら、はぁさいですかって言うよりないねん。情けない話やけど。なんたって、今の俺には体がない。スピードスターも落ちたもんや。せめて地面に足がつけるなら、まだ行かん、よう行かんって、踏ん張ってでもお迎え蹴っ飛ばしてやれんねんけど。ちょっとでいい、もうちょっとでええから、お前んとこに行かせてやって、喚き散らしてやれんねんけど。やって、…やって、まだ行けんやろ。そんな顔のお前置いて行けんやろ。お前、言いたいこと言えないとき、したいことできないとき、ひとりで唇かみ締めるクセあるから心配や。また血ィ出てまう。痛い思いさせてまう。けど今の俺には、お前の口に指を当てて止めてやることも、代わりに俺を噛ませてやることも、なんも出来へん。情けない。ほんっま、情けない思うで。情けないの、大嫌いや。男らしない。何より、お前をひとりぼっちにさせたまんまでいる俺が、許せんで憎くてしゃあないねん。
なあ。約束守られんくて、ほんまごめん。ごめんやで。嘘にするつもりはなかった。ほんまに、なかったんや。あの時俺は本当にお前に一生そばにいてほしい、思て言うたし、例えばお前にどんなに笑い飛ばされたところで、いくらだって食い下がって諦めの悪い男になってよかった。よかったんや。でも俺は今この声が、お前にどうしたって聞こえやしないことを知っている。俺のこの体は粒子になって、無という有の声はお前の耳には届かない。そういう風にできている。誰もがみんな知っている、世界で最もわかりやすい二択のルール。そこにあるもの、もうないもの、生きているもの、終わってしまったもの。俺とお前の間には、世界という大きな隔たりがある。
でも、なあ、財前。それでも俺は確かにお前と同じ場所にいたし、立ってたし、走ってたし、息もしてたし、同じものを目指していたと思うんや。俺は白石や侑士と違って、アホやし頭悪いから、何て言ったらいいのかようわからんけど、……お前が、俺の隣にいて、俺のこと散々馬鹿にして、からかって、アホやアホや笑い飛ばして、…俺を好きでおってくれたってことが、俺が確かにそこで生きてたっちゅー、証明になるんやないかなあと思うねん。――あー、クッサイこと言ってる自覚はあるで。しゃあないやろ!!他に言葉思いつかへんのやもん。でも、なんちゅーかな……そう思っときたいやん。俺は行かなきゃあかん。どうしたって行かなきゃあかん。ハハ、怖いでぇ、めっちゃ足も竦むし、何よりお前と離れたないねん。なんぼ往生際悪ぅ、思うやろ?でも、やっぱり俺は許される限りなら何度だって言うし、誓うし、言わせてほしい。俺はお前が、ほんまに大事やってん。好きやってん。そばにいたかってん。大切にしたかってん。ほんまに、離れたくなかってんねんで。確かにそこにいたはずの自分がないものになっていく感覚、忘れられていく感覚、終わっていく感覚。見失いたくない世界。できるものならもうずっと先まで、俺はこんなもの知らないでいたかった。
でも、お前が俺の隣にいて、笑っていたこと、憎まれ口を叩いて、口をとがらせ、奇跡的な確率で本当に気まぐれに甘えてくれた瞬間、それが俺にとって、永遠に存在し続けるのと同じ様に。お前の横を通り抜ける風だったり、空気を読まずに泣き出す空だったり、雨粒だったり、心斎橋のライブハウスで聴いたインディーズバンドのシンセの音、テニスボールの弾む響き、インパクトの衝撃、盛夏の温度、クレーの感触、喉を潤した水、反射して消える真昼の光。なあ財前、その中には、きっとずっと全部俺がいる。だって、浴びるほど一緒にいたねんで、俺たち。遠くには行かへん、遠くには行ったりせえへん。世界の真ん中に突き抜ける感情、これを愛と呼ばずして何て呼ぶんや、っちゅー話やで。
いつかずっと先、もうちょい先、時間が経って、何度だって日が昇って、お前がもう一度歩き出すとき。横を通り抜ける風、泣き出す空、雨粒、シンセの音、テニスボールの響き、インパクトの衝撃、盛夏の温度、クレーの感触、喉を潤す水、真昼の光、お前が出会うすべてのものに、俺じゃない誰かが触れるとき。その時やっと、俺は行く。走り出す。わかってるやろ、俺の異名!人呼んで浪速のスピードスター!この体が溶けて、もはや何でもなくなるその瞬間まで、俺は走り続けるで。あのてっぺんの星の上まで。世界を飛び越える水平線のむこうに、真昼の星が沈むまで。泣きながら、泣きながら、走り続ける。
だから行くよ もう行くよ 真昼のアンタレス 消えることない小さな光 世界を貫くこの感情が お前の中で星になるまで
(fin)
もういかなくちゃ いかなくちゃ どうしてかわからない わからないけど ひとつだけわかること 僕たちは いつもさよならを抱えて生きてる
君が今日何度くらい 涙をこらえたのか 僕にはわかるよ ちゃんと 僕も同じだから 同じだから
その風は僕だ その雨は僕だ その歌は僕だ きみに降りそそいでいる 遠くに行ったんじゃないよ 遠くには行っていないよ 僕はまだ 星になんてなれないよ ならないよ
ねえ 約束を守れなくて 本当にごめん だけど僕なりに かなえていくから
最後についたうそ 今はうそだとしても 信じていてほしい いつも ここにいるから いつもいるから
その風は僕だ その雨は僕だ その歌は僕だ きみに降りそそいでいる 遠くに行ったんじゃないよ 遠くには行っていないよ 僕はまだ 星になんてなれないよ
やがて時がすぎて やがて誰かと出あって もう一度日が昇って もう一度歩き出して 僕がきみの中で 永遠になるとき 僕はきっと きっと 星になるの 泣きながら 泣きながら 星になるのだろう その日まで ここにいる そばにいる
もう 行かなくちゃ 行かなくちゃ
(川村結花:「星になるまで」)
あとがき
ちょっとさみしいお話ですみません。大好きな、川村結花の「星になるまで」という歌を思い浮かべて書きました。曲を聴きながら、セッカチな謙也くんが財前くんのためにぎりぎりまで待ってくれるところを、そして待ってくれたあとは笑っていつものようにすばやく走っていってしまうところを想像していました。泣いてても謙也は笑ってそう。謙也はたぶんそういう子。
|