白石がな、鳥になる夢を見てん。……あ、笑う?笑うよなあ、やっぱり…いきなりのフリやもんなあ。いや、自分でもどうかとは思ったんやで。でもしゃあないやん、ほんまのほんまに、白石が鳥になってまう夢やったんやもん!あのときの俺のさみしさったら、言葉じゃとても説明できへんくらいで、せやったらもういっそお前に全部話してしまえーって思ったねん。せやから聞いてちょうだいよ、お前にとっちゃお気楽な笑い話でも、俺にとっちゃ一世一代の大問題やってんで。









それまでは、ふたりでな、普通にテニスしとってんで。ラリーだったと思う。それがそのうち白熱して、試合形式になって、場所もちっこいコートだったはずが、いつの間にかスタジアムになっとって、観客もようさんおるようになって。楽しかったでえ、いや夢ん中の話やけど、白石と、強いやつとテニスやれて、楽しくないわけないやんか。白石も、楽しそうにしてたと思う。正直、あんまり白石の顔が思い出せへんのや。でも、笑ってたと思う。笑ってくれてたらええと思う。




え、結果?あー、結果は、どうだったんかな…これも、あんまり思い出せへん。気がついたら、なんでなんやろな、試合、終わってたんや。そんで、俺はいつの間にかベンチに戻ってて、コートではどうしてか、白石と、誰か別の選手が試合してんのが見えた。それはそれは、息がとまるような、圧巻の試合運びやったで。一瞬たりとも、目が離せへんかった。今度の白石の顔は、ちゃんと覚えてる。キリッとした真面目な顔。目を細めて、ボールだけをまっすぐ見てた。あいつ、ああいう顔してると、ただでさえイケメンなんに、拍車かかるよな。クラスではあんな、白石は残念や、残念や、ってけちょんけちょんに言うとる女子らが、テニスしとる白石には正当防衛で騒ぐんもわかる気がしたわ。まっ、夢の話やけども!



うん、その試合は、白石の勝ちやったで。当然やけどな!けど、夢がおかしなったんも、そっからや。ゲームが終わったあとの握手のとき、白石の背中から、ニョキッと小さく、鳥の羽が生えてきたんが見えてん。たしかに、鳥の羽や。白石は、痛くもかゆくもないって顔しとったし、夢に出てくる誰もその羽についてツッコまへんかったけど、でも、俺には確かに見えてた。小さいけど、あれは確かに鳥の羽根やった。映画とか漫画で見るみたいな、天使の羽みたいなやつ。



あっけにとられてるうちに、相手が変わって、コートではまた白石が試合を始めた。今度の相手は、前よりちょっと強い。でも、負けへんで、白石やもん。涼しい顔してポイントを取って、当たり前の顔してやっぱり勝つんやけど、――でも、うん、勝つたびに、背中の羽が大きなっていくねん。ひとまわりずつ、ちょっとずつ、でも確かに、大きなっていくねん。俺はそのうち、気が気じゃなくなった。今にもその羽をはばたかせて、白石がどっか遠くに飛んでってまうんやないかって、俺は本当に気が気じゃなかったんや。あいつは、行こうと思えばどこでも行ける。あいつ、そもそも、あんま人のこと気にするほうやないしな。気も付くし、頭ええし、型にはまったようなイケメンやけど、でも、あいつ、どっか抜けとる。前ばっか気にして、自分の真後ろのこと、スコーンと抜けてんのやなあ。うん、でも、それでええねん。あいつも、それでええことを知っとる。だからあいつは、前しか見ない。それが正しいってことを、誰よりわかっとるから。













…うん、白石は、勝つで。危なげなく、涼しい顔で、何人もの相手に勝ってみせるで。それが当然って顔してるし、実際にほんまに当然やねん。白石は勝つ。相手がどんな選手でも。でも、勝つたびに、勝てば勝つほどに、白石がこっちを見て笑うことがなくなるような気がして、それがちょっと、手前勝手に怖いんや。怖いって思っとることを知られたら、白石がきっとおそらく困った顔することもわかるから、うん、それも含めて怖いのかもしれへんなあ。俺は、あいつの邪魔になりたないねん。それだけは確かやねん。




ただ、なんつーかな…俺は、白石に、笑ってほしいねん。いやいや別に、漫画で男が女に言うような、そういう安っぽいありがちなあれとはちゃうで!「笑えばいいと思うよ」」って、ほんまどこのエヴァンゲリオンっちゅー話や!そーいうんとちゃうくて、ただほんとに、…馬鹿らしく、子供のように、くだらないことで大口をあけて、笑ってほしいだけやねん。困らせたいわけとちゃう。まして、悲しませたいわけとちゃう。俺は、あのまま、白石と一緒に向かい合ってコートに立ってたかったんかな。それとも、ダブルス組んで並んで試合したかったんかな。それさえも、俺にはわからん。だって、俺には羽がない。あいつと並んで飛べるような、そんな羽根はどっこにもないねん。















……ああ、夢な。うん、結局な、完結せんかった。もういよいよ空も飛べるだろう、というくらい羽が大きくなったころ、耐えられなくなって、俺が大声で白石のこと、呼んでもうたから。俺の名前を呼ぶ声に、コートで躍動していた白石は、急にビタッと動かなくなった。同時に、スタジアムも、観客も、散らばっていたテニスボールも、全部フッと消えてしもて、俺が座っとったベンチも消えて、いつの間にか、真っ白の世界の中で、俺は、背中を向けたままの白石とふたりっきりになってもうてん。……なんで、呼んでもうたんやろうなあ。白石はたぶん、呼ばれたくなかったんだろうって、今なら、いや、その夢の中でさえ、俺はわかっていたのに、でも、呼んでしもた。俺ってどうして、いつもこうなんかなあ。いつだって、頭と体がばらばらで、気付いたときには遅いねん。




あのあとの白石は、一体どうなったんやろうなあ…振り返ろうとしてくれたのか、それとも、無視して俺を置いて飛んでいってしまったのか、わからんねん、そこで、目が覚めてもたから。はは、間が悪いやろ。せやから俺がその夢で最後に見たんは、ちょっとだけうつむいて、ラケットを握ったまま立ってる、白石のぴんとした背中と、それを覆うように大きく生えてる、真っ白の天使の羽根だけやねん。俺はいつも、あいつの背中ばっかりようさん見とる。せやけどそれは、あいつが俺より速いってわけとは違う。それだけは、わかんねん。でもそれだけしか、わからんねん。何を思って、あのとき白石はあそこで立っていたんやろう?うん、でも、知らんでよかったような気もするし、わかっとるような気もするし、わかっとるつもりでいたい気もすんねん。せやから、ええんやと思う。夢の中の白石には悪いけどな。



ただひとつ、願うなら、俺は、白石に鳥になってほしくはないんやなあ。俺は到底、空なん飛べるタマとちゃうから、せめてあいつの見とる景色を、あいつの背中越しに眺めていたい。そこにあいつの背中があれば、うん、それでええねん。のっかりたいんとちゃう、分け合いたいわけでも、そばにいつづけたいなんてよう言わん、やってあいつはひとりで行きたがるもん。ひとりで生きれるやつやもん。だから、これは純粋な、俺のわがままや。一緒に行きたい、行けるとこまで。あいつが邪魔にならないと思うまででええ。やって、俺の持ち味なんて足だけやのに、お前に空なんか飛ばれたら、取りつくしまもないやんか。だから、お前が先へ行きたいというなら、俺はどんだけだって、風のように、星のように走ってみせる。走って、並び、君に追いついてみせるから、だからどうか。










君が鳥になる前に









(fin)





あとがき


3年2組は、周囲をはらはらさせてしまう自分がわかってて、それでも完璧な自分に妥協できない白石と、そういう白石を全部許容して、でもお前のそういうところがかっこいいよ、それでいいんだよって言える謙也、の関係性がいいなあと思います。心配させたままでいる白石って、相手が謙也でなければそうそう見られない気がする。それがこのふたりだけの距離感で、信頼だといいです。